1.奴隷に勧誘されてしまいました
「ん…………」
すごい長い時間眠っていたような気がする。
とてもとても長い時間。
目を開けるとそこには雲ひとつない青い空が広がっている。吹いている風も気持ち良く、散歩日和、というより昼寝日和のような天気をしている。
「……あれ?」
僕は何故ここで寝ているのだろうか。
そもそもここはどこだ?
起き上がって辺りを見回すと自分が花畑の真ん中にいることを理解する。すこし遠くの方には木々が見え、それに囲まれていることから森の中ということだろうか。
正直、ここがどこであるかの心当たりが一切ない。
もしかして、ここが死後の世界?
そう思った僕は頬をそこそこの強さで叩いてみる。
「痛っ」
ちょっと痛かったので、恐らく死んではないだろう。
というかこれは夢かどうかの判断をするためであって、死んでるかどうかの判断じゃなかった。
そんなことをしている間に、遠くから何かが迫ってくる音が聞こえる。
数は多い。森の中に位置するようだし、動物の群れなどだろうか。
「襲われたら……やばくない?」
武器も何も持っていないし、持っていたとしても武士でもない僕が群れに襲われたらひとたまりもないだろう。
僕は急いで花々の中に姿勢を低くして隠れる。
鼻が効く動物だったらどうしようとは思うけれど、いまの僕にできることは他にない。
お願いします。お願いします。お願いします。
心の中で自分に気づかないでいてくれることを祈る。
音が近づいてくるにつれ、それが馬のものであることがわかった。
もしかして、人が来てたり……?
ちょっとだけ頭を出して音のする方を見ると、馬に乗った人たちが見えた。
多くが剣を持った厳つい金髪の男の中で、1人だけ白い馬に乗った美しい金髪を靡かせた少女を見つける。
彼女は明らかに浮いており、その集団の中ではとても目立っていた。いや、その集団に属していなくても目立っていただろう。
遠目であっても彼女がとても異質で、美しく、目を惹く存在であることがわかった。
僕は失態を犯した。
その彼女に目を奪われるあまり、もう一度身を隠すことを忘れてしまった。
いや、失態ではないかもしれない。目を奪われ、意識を囚われてしまうことが仕方のないくらい彼女は輝いていた。
そして、彼女と目が合ってしまう。
「あ」
急いで頭を下げるが、時すでに遅し。
少しずつ足音が近づいてくる。
……なんで僕は隠れているんだろう。
別に悪いことをしたわけでもないし、同じ人間であるから食われるわけでもないだろう。
「やぁ」
頭上から声をかけられると、身体がビクッと反応する。
その声は脳を犯されてしまいそうに高く、可愛らしく、僕に響いてくる。けれど、その声には落ち着きがあり、遠目に見た彼女の容姿にはそぐわない印象を受けた。
僕の中にここまできて無視するという選択肢はなく、ゆっくりと顔を上げて声の主を見る。
そこにいたのは、やはり先程の金髪美少女で、近くで見るとより一層、美しかった。
フランス人形を思わせるような幼さと美しさを兼ね備えており、彼女が造られた芸術品だと言われても疑うことがないような容姿だ。
ロングで風に靡かせられているプラチナブロンドのその髪も近くで見るとまるで絹のように美しく、人のものとは思えないものだった。
黒いドレスのような、所謂ゴスロリのようなものに身を包む彼女はより一層、人目を惹くことだろう。
彼女は10代前半に見える幼い容姿とは反して、僕のことを気遣うような温かい目を向けてくる。
私が彼女に見惚れて声を発せないでいると、再び彼女の方から声をかけてきた。
「大丈夫かい? 喋れるか?」
僕が声を出そうとした瞬間、男がこちらにやってきて声を荒げ、私に剣を向けてくる。
「姫様から離れろ!」
僕は訳がわからず狼狽えてしまう。
「お前、まさか人間か!」
「生き残りがこんなところにいたとはな!」
僕と彼女の間にはいつのまにか多くの男が立ち塞がり、その全員が僕を敵視している。
「貴様! 何をしにここまでやってきた!」
何をしにきたかわかってないから困っているのだけれど、そんな曖昧な返事をしようものなら刺されそうなほどの敵意を彼らから感じる。
「えっと、僕は……」
「やめろ」
僕が答えに困っていると、少女の声が響いた。
大きい声ではないのに、よく響き透き通ったその声は男たちを止めることとなった。
「ですが……」
男たちのうちの一人が困ったように彼女に答える。
「同じことを二度も言わせないでくれ」
「申し訳ありませんでした」
「どいてくれ」
彼女の言葉を受けて、僕と彼女の間にいた男たち道を開ける。
「驚かせてしまってすまなかったな、怪我はないか?」
彼女は僕を心配するように優しく尋ねてくる。が、どこか自分が上位であることが自然に出ている態度に、こちらも下手に出てしまう。
「あ……はい、多分大丈夫です」
僕は男たちを言葉一つで動かす彼女に気を引かれ、曖昧な答えをしてしまう。
「それはよかった。それじゃあ、ここでは何をしていたんだ?」
彼女には敵意を感じないので、嘘をついてもバレると思い、正直に告げることにする。
「すみません、それがわからなくて……」
「てきとうなことを抜かしやがって!」
すると、横に退いていた男の一人が声を荒げる。
「うるさいぞエンゾ」
「…………」
エンゾと呼ばれた男性は彼女に叱られると、口を閉じた。
「すまない、邪魔が入ったな」
「いえ、大丈夫です……」
「質問を変えよう。どこから来た?」
自分の記憶を辿ろうとして気づく。ここで目を覚ましてからの記憶しかないことに。
「すみません、それも覚えていません」
エンゾが何かを言いたそうにこちらを睨んでいることに気付いたが、ろくなことにはならなそうだと直ぐに目を逸らす。
「そうか……」
彼女は何かを思案するような様子を見せた後、提案をしてきた。
「よかったら、私の奴隷にならないか?」
「は?」
今日一番、僕の声が出たのだった。