あ・りとるびたー・ゔぁれんたいん
我が愛しの弟こと栄一郎、その息子であるこれまた愛しの甥っ子に、今年もバレンタインのチョコを上げる。
毎年、欠かさず送っているけれど、今年は丁度、甥っ子の住んでいる場所に用事があったので、直接渡すことにした。
現地での拠点は彼らの家でもよかったけれど、突然行っても邪魔になるだろうと思い、昔の相棒の家にお邪魔する旨を本人に電話したら、「俺にも予定はあるんだぞ?」と苦笑交じりに言いながらも、承諾してくれた。本当に感謝感謝だ。
そして本日、二月十四日。
新幹線と電車を乗り継ぎ、スポーツバックを肩から下げて歩くことしばらく。
何年かぶりに訪れた、弟一家の住んでいる家を目前にした私が見たのは、門前で佇む二人の女の子だった。
一人は、艶やかな癖のない黒髪を腰まで伸ばした、赤いカーディガンを羽織った子で、肩から小型のバックを下げている。小柄な顔に、パッチリとした目が印象的だが、表情が強張っていた。
もう一人は、欧風の顔立ちをした子だった。金色の髪がベージュの上着の中に入っていたので、伸ばしているのかもしれない。こちらの子は、眠そうな目をしている。
対照的な印象を受けるが、どちらも目を見張るような可愛らしい容姿だ。年齢は十代後半だろう。
ウチの甥っ子と同じ学年で、きっと、同じ学校の子……という事は、だ。
そんな事を考えていると、眠そうな目の子が私に気が付いて、顔をこちらに向け、決戦に赴く勇者のような面持ちの子の肩を軽く叩きながら一言、声をかけていた。
すると、赤いカーディガンの子もこちらへ振り向いたが、表情は人当たりの良さそうなものに変わった。
「えと、何ですか?」
可愛らしい声だ。
容姿も含めて、彼女のお母さんにそっくりだ。
私は少し微笑ましくなって、二人に笑いかける。そのまま、彼女たちへ近づき、二歩程離れた場所で立ち止まった。
「初めまして、になるわね。円迎寺ラウラさん、リーシェ・オーエンさん、でいいかしら?」
「私たちの事を知っているんですか?」
驚くラウラちゃんとリーシェちゃんの反応に、少し懐かしい感覚がした。昔はもっと色々な人を驚かせたなぁ。
「えぇ。まぁね」
答えながら、インタホーンを鳴らした。
ラウラちゃんたちが「え?」と声を漏らした直後、愛しい愛しい我が甥っ子の、女の子のような声が聞こえてきた。
『はい』
「やっほー実里、由葉さんが来たぞー!」
カメラに向かって手を振ると、向こうからガタガタと激しい物音が聞こえてきた。
『げほっ、ほごっ、ゆ、由葉さん?!』
甥っ子ではない、でも聞き覚えのある少女の声が聞こえてきた。
今、この家には、弟一家以外にも、三人の少女が住んでいる事を知っているため、驚くことはない。
ただ、懐かしい声に、私は苦笑を浮かべざるをえなかった。
『ちょ、大丈夫カフカ?』
「アルも元気みたいね。で、入っていいかしら?」
『あ、うん、ちょっと待っててね』
会話が終わって振り返ると、ラウラちゃんがぽかんとした顔で私を見ていた。
リーシェちゃんは、そんなラウラちゃんと私を交互に見て、首を傾げている。
「あの、もしかして、貴女は……」
「あぁ、そうだ、名乗っていなかったわね」
失礼は承知だが、彼女たちへの思いがけない出会いイベントとして、私と言う存在は強く強く刻み込まれたことだろう。
「香乃由葉。実里の伯母よ」
私が名乗ると、二人はピタリと固まってしまった。
あらあら、そこまで反応してくれるなんてね。
それはまぁともかく、同居人の無事を確認した甥っ子がもうドアを開こうとしていることを、私は気配で感じ取っていた。
「さ、二人は私の後ろに隠れてなさい」
「え?」
「いいから」
多少強引にラウラちゃんたちを背後に押しやった直後、ドアが開かれ、背の高い美少女に見える愛しの甥っ子君が姿を現した。
彼は私の顔を見ると、満面の笑顔を浮かべながら、パタパタと早足に近づいて、門を開けてくれた。
「いらっしゃい由さん!」
「突然ごめんねー」
「いいよ。あ、そうだ。上がっていってよ。父さんたちはちょっと出かけてるけど」
「ありがとう。でも、この後、用事があるから、遠慮させてもらうわ」
渡井はバックの中からチョコレートが入った包みを六つ取り出して、実里の手を取って持たせた。
後ろで少し動揺する気配が一つ。うん、わかりやすいし、可愛いわね。
「はい、今年も伯母さん手製のチョコだぞー。後はお父さんとお母さんと、アルたちにも渡しておいてくれると助かるわ」
「いつもありがとう。でも、カフカたちの分まで用意してくれるなんて」
「たくさん作ったし、アンタの大事なお友達なんだから、問題ないわよ」
さて、それじゃ私はこの辺りで退散するとしましょうか。
「じゃ、行くわね。あ、一応、晴樹の家にしばらくいるから」
「そうなんだ? 晴さんたちによろしくね」
「えぇ」
それじゃ、ショータイムと行きましょうか。
「そうだ、アンタに可愛いお客さんが来てるわよ」
言いながら踵を返して、歩き出す。
「え? ラウラさん? オーエンさん?」
「こ、んにちは、実里君」
「Well……Hello?」
ちらっと振り返ると、きょとんとした実里と、顔を赤くして縮こまっているラウラちゃんと、そんな二人を生暖かい視線で見守っているリーシェちゃんの姿があった。
あぁ、青春ねぇ。初々しいわねぇ。
実里とラウラちゃんが可愛くて、笑みが止まらない。
「それにしても、ナズナちゃんの娘と、かぁ……」
ラウラちゃんの母親と、実里の母親である嘉香ちゃん、その一番上のお兄さんを思い出して、しみじみと思う。
「これも縁って奴なのかしらね」
口にしながら、私もまた、縁で結ばれた相棒の家へと向かう。
毎年、アイツと奥さんにもチョコレートをあげている。今年は、数年ぶりに直接の手渡しだ。
私は、アイツへの恋愛感情はないけれど、大切な人、という気持ちはある。
初恋も、その次の恋も、そのまた次の恋も全く実らなかったけれど。
「うん、問題ないわね」
実里たちの恋を見ている方が楽しいし。
まだ今は、私はこのままでいいかな。
なんて、ね。
お読みいただき、ありがとうございます。
さて、バレンタインデーを題材にしたお話でした。
大切な人に渡すなら、義理だろうと友だろうと、心が込められていれば、それはつまりプレシャスなチョコレートや贈り物なのではないでしょうか。
そんな思いも少し込めて(ぉぃ)、今回の短編を作ってみました。
このお話は、拙著「ぎるてぃせぶん」の後日談で、すこし先の時系列となります。
夏と秋が過ぎて、クリスマスと正月も終わって、バレンタインまですっ飛ばしてしていますが、そこはまぁ……突っ込まない方向でお願いします。
今回の主役こと、香乃由葉についても少し解説をしますと、ぎるてぃせぶんでは、実里の父親である栄一郎の回想話でワンシーンだけセリフで出演しております。
実里のことを赤ちゃんの頃から可愛がっており、自分の相棒やその奥さんと共にずっと見守り続けてきてくれている女性です。
そして、彼女もまた私の別の作品で主役クラスを張っている人物であります。その時点から年数が大分経っているため、性格が少しだけ落ち着いたものになっています。多分。
長々と失礼いたしました。
それでは、今回はこれにて。
また、別のお話でお会いいたしましょう。
令和三年二月十五日 キットカット・サツマイモ味と緑茶で一息つきながら。