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転生家庭教師のやり直し授業◆目指せ!教え子断罪回避◆  作者: ナユタ
◆隙間編◆

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96/240

◉1◉ 知らない世界。

ちょっとだけ時間軸が前後します(*´ω`*)


 王都のお姉さまと別れてから二週間後。


 大好きなお姉さまとそれなりに好きなお父さまのいない日常に戻り、ようやくお姉さま成分のなくなった日常に身体が慣れ始めた頃、王都から早馬で団員がわたしを呼びに来た。


 お姉さまの真似をして馬で領内の見回りを終えて屋敷に帰ったら、王都から早馬が来ていたときは驚いたけれど、隣国からの旅行者が向こうの劇団関係者で、わたし達の公演を是非やって欲しいと依頼を受けたと聞かされたときは、さらに驚いてしまった。


 団員の口からヴァルトブルク様が渋っていると聞き、この好機を不意にする気なのかと思ったら腹が立って。


 家令に相談してみたら、あっさり領地内の仕事の工程表を作ってくれ、その通りに領地経営をしておくと請け負ってくれたので、呼びに来てくれた団員と一緒にヴァルトブルク様のお尻を叩きに王都まで舞い戻り、そこからはすぐに皆と名刺を残して行ってくれた隣国の劇団を訪ねる旅に出た。


 名刺をくれた隣国の劇団はそこそこ名の通っているところだったらしく、最初のうちはずっとわたしに謝っていたヴァルトブルク様も、隣国の劇団についてからは脚本家らしく振る舞ってくれて。


 何よりも彼が生き生きした表情で招待してくれた劇団の脚本家と話をしている姿を見るのは楽しかった。


 初めてお姉さまの同伴もなく自国から出て、初めて自国のものとは異なる舞台を見たときは、圧巻の一言。女性だけが立つ舞台というものを初めて目の当たりにしたけれど、招待された理由は成程これかと思ったわ。


 艶やかな男装の麗人。

 男性優位の演劇界に新しい風を吹き込ませる、そんな舞台。


 うちの団員達も先方の団員達と打ち解けて、前座として公演をさせてもらう傍ら、一緒に演技の稽古をしたりと毎日が刺激に満ちていた。勿論お姉さまの作った遊戯盤見本を持ち込んで、ヴァルトブルク様の舞台の後に第一シリーズの公演をして、富裕層を相手に注文販売を受け付けるのも忘れなかったわ。


 ――でも、そんな日々に段々と差が出始めた。


 彼や団員達は乞われて来たけれど、わたしはと言えば、渋る彼のお尻を叩いて隣国に連れてきただけ。


 作家として全然無名なのは彼もわたしも変わらないものの、彼はオリジナルの作家で、わたしは翻訳元の作品やお姉さまがいないと何も生み出せない複製作家。


 演者の団員達とも、脚本家と作家を兼業できる彼とも違う立場のわたしは、先方の劇団の男性団員達に顔立ちを褒められるだけで。挙げ句“うちの女優にならないか”と声をかけられ、徐々に居たたまれなくなっていった。それでも、お姉さまに送る手紙だけは“毎日充実してるわ”と強がったけど――。


 誰にも弱いところを見せたくない見栄っ張りなわたしの緊張の糸が、プツリと切れたのは二ヶ月目の今朝。


 ――そう、今朝よ。


 忙しく公演する日々でだいぶ身体のお肉が引き締まり始めた彼に、先方の劇団の女優と談笑しているところを目撃してしまったのだ。咄嗟に“もうわたしにできることなんてない。お姉さまのところに帰ろう”という考えが過った。


 何かよく分からないけれど、何だかもう限界。わたしがいなくても彼は大丈夫そうだし、団員の皆も楽しそうだもの。帰ってお姉さまに甘えたい。褒めてもらわなければ死んでしまう。


 こういうときは、思い立ったらすぐ行動。そういうわけで自分に宛がわれた一人部屋に荷物を纏めに戻り、それを持って彼の部屋の前で、一日の舞台終わりに脚本談義に花を咲かせている彼を待っていた。


 何度も帰ると伝える言葉を練習していたらようやく待ち人が現れて、部屋の前で大荷物を持ってわたしに気付くと、驚いた表情で「どうしたの?」と足早にこちらに向かってくる。


 困惑した表情でわたしの前に立った彼を見上げ、なるべく声に卑屈さが出ないように心がけて、笑った。


「どうしたのって、この荷物よ? 分かるでしょう。わたしだけ一足先にジスクタシアに帰るわ」


「そ、それは……その、どうして? 誰かに、何か、嫌なこと、されたの?」


「違うわよ。単純にここにわたしがいる理由がもうないから」


「そんなこと――、」


「あるわよ。あなたの背筋、わたしが注意しないでももう伸びてるし、一人でうちの団員じゃない人達とも話せてるわ。だからわたしの役目は終わり。それにもうすぐ社交界シーズンだもの。帰ってその準備をしつつ、次の公演に使う五国戦記の原作を考えるわ」


 嘘は一つもついていない。だけど何故か彼の赤みがかった琥珀色の瞳を直視できなくて、足許に視線を落とした。彼の靴の爪先だけが視界に入る。


 それを見つめたまま「それじゃあ、この時間最後の馬車が出ちゃうから」と告げて、彼の横をすり抜けようとした瞬間、いきなり腕を掴まれた。驚いて視線を上げれば、うねった黒髪の隙間から、琥珀色の瞳がこちらを見据えている。


「ねぇ、馬車に間に合わなくなるわ。離して」


「い、嫌だ」


「どうしてよ。どうせ向こうに帰ったらまた劇団で会えるじゃない」


「違う。そうじゃなくて……その」


 自分から腕を掴んだくせに挙動不審になる彼に、思わず「じゃあ何よ?」と苛立った声が出てしまった。すると彼は一度唇を噛みしめてから、震える声で「僕も一緒に戻るから、一人で、社交界の準備をしに帰らないで」と。


 廊下を照らし出す薄明かるいランタンの光でも分かるくらい、耳を赤くしてそう言った。

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