*1* 時と場所を考えて下さい。
流石は侯爵家の娘の十歳の節目とあって、今年のアウローラの誕生日を祝うガーデンパーティーは、人の多さが去年より多い。初めて同席した八歳の頃は、秋バラの香りを重荷に感じた様子で俯いていた教え子も、今日は小さな淑女の微笑みを浮かべている。
白々しい笑い声を交える挨拶の中にも、純粋に彼女の成長に感心する招待客の声が混じり、侯爵夫妻もいけしゃあしゃあと娘自慢をしていた。離れた場所から観察しているだけでも教え子の顔が一瞬無になるのが見えて、両親との心の距離が段々と開いているのが分かる。
でもこちらとしては得られない愛情を求めて鬱屈していくより、客観的に両親を見て冷静に育ってくれた方がありがたいので、これからも敢えて家庭のことには口は出さないつもりだ。
私も一昨年は隠密、去年は欠席という過程を経て、今年はきっちりと招待状を受け取り、他の招待客達と同じように出席者名簿に名前を書いてここにいる。バラの香りを楽しみつつ、飲み口の軽い果実酒を少々。
そんな家庭教師の顔をしていない私に対し、教え子のチラチラとこちらを振り向く癖だけは治らない。苦笑しつつ侯爵達に伴われて挨拶をする彼女の姿を見守っていたら、見知った令嬢がアウローラに駆け寄って抱きついた。
寄り添うように立っていた侯爵夫妻が驚くのも構わず、むしろ無邪気さを装って押し退けるように間に挟まった令嬢は、どう見てもマリアンナ様だ。前世のゲームで見た性格よりも若干人の機微に敏い彼女のおかげで、教え子のガードが守られて助かるわ。
マリアンナ嬢はわざとらしくない程度にはしゃいで見せた後、侯爵達にそれは優雅なカーテシーを披露して、追い付いてきたアグネス様の手から小さな箱を受け取ると、それをアウローラに押し付けた。
たぶん誕生日のプレゼントだろう。大きさからしてアクセサリーか小物だとは思うけれど、普通は直接本人に手渡しで贈る令嬢は少ない。大抵お家同士の付き合いだからだ。
教え子の狼狽え方から、手渡された箱をすぐに開けろと催促しているのが離れていても分かる。両親に許可をもらっておずおずと開けた箱の中に入っていたのは髪留めだったらしく、すぐに自身の髪にあてがう教え子。
親友からの贈り物にはしゃぐその姿をあてに果実酒を飲んでいると、どこからか「ベルタ嬢」と呼ぶ声が聞こえたので周囲を見回せば、少し離れた場所からこちらに向かってくるホーエンベルク様が見えた。
「ホーエンベルク様。貴男もいらしていたのですね」
「ああ。今年はようやくここで直接貴方に話しかけることができてホッとした。一昨年も去年も、職業倫理の強い貴方には逃げられてしまったからな」
「ふふ、その節は申し訳ありませんでした。ですが今年からはきちんとお相手できますので、苦情はもうそのへんで。今日はルドも一緒ですか?」
「まさか。流石に一貴族の娘の誕生祝いの席に王族を連れてくるわけにもいかない。ルドからは友人の誕生祝いの贈り物を預かってきた。貴方からあとで渡しておいてくれると助かる」
そう言って上着の内ポケットから細長い箱を取り出した。パッと見た感じ、装飾品の入るような長さの箱ではない。もっと小さくて細い……前世で受験シーズンの頃に、やたらと塾で配った系の大きさをしている気がする。
「もしかして……中身はペンですか?」
「そうだが、何故分かったんだ?」
「いえ、何となく大きさがちょうど毎日使うペンくらいだなと。子供らしくて可愛い贈り物ですね」
実際は【合格】の文字が入った受験用の験担ぎアイテムに似ていたのだけれど。しかし十歳の女の子の誕生日に贈るのが筆記用具とは。王子様とはいえそこは小学生のセンスなのだなと、妙なことに安心してしまった。
「いや、クリスタル製だから可愛らしいというよりは綺麗寄りだと思う。確か授業中に気分の良くなる物を傍に置けば集中力が上がると言っていた」
「あ……そうなんですね」
クリスタルといえばこちらの世界でもバリバリの高級素材だ。流石王族。私の知っている“学校横の文房具やさんで購入”という一般的な常識が通用しなかった。友達への誕生日プレゼントの金額が可愛くない。
「さて、これでルドに頼まれた用事は済んだ。次は俺の番だが……貴方に報告したいことがある。ただ少しここでは話しにくい内容なので、一昨年貴方が逃げ込んだ四阿に場所を移動したい。構わないか?」
「報告したいこと、ですか。その仰り様から察するにあまりいいお話ではないとお見受けしますが……」
「ああ、おおよそその認識で間違っていない。まずいことになった。できればあちらにいるアグネス嬢も一緒に聞いて欲しい」
「分かりました。では彼女を呼んで参りますので、ホーエンベルク様は先に四阿の方へいらして下さい」
もうこの世界に転生してから何度目だという嫌な予感がする。しかも今回はご丁寧に申告までされてしまった。でもさ……信じられる? 今日は私の教え子の十歳の誕生日なんだぜ。
なので一応無駄だと知りつつ、それでもできるだけ軽く済む問題でありますようにと祈るだけ祈った。




