*14* 人生初・仮面舞踏会①
右を向いても仮面。
左を向いても仮面。
一口に仮面と言ってもサングラス型のものから、顔面をほぼ覆ってしまうもの、鼻まで隠すものなど、形状だけでも種類がある。どれも目を惹く装飾を施されているだけあって圧が凄い。
そこにイヌ、ネコ、シカ、トリ、ウサギ、などなど、まるで鳥獣戯画の中に入り込んでしまったのかと錯覚するデザインに、これが現実のできごとなのか夢なのかすらあやふやになる。
三週間前にフェルディナンド様に誘われた仮面舞踏会の会場なのだから、ある程度は覚悟していた。しかし小規模な身内だけのものという言葉には偽りありと言わざるを得ない。
かなり賑わっているうえに煌びやかだ。しかも決して悪趣味にゴテゴテとした装飾がしてあるわけではなく、フェルディナンド家に縁があるのだなという品のある会場内。これは結構な倍率で皆さんお呼ばれしたのではないだろうか。
『当日はあっちで偶然会った方が楽しいからさー、どんなのが送ってこられたかは教えないでね?』
招待状を手渡した友人や知人には、後日招待したお屋敷の方からランダムに当日着用する仮面を送られる。手続き的には前世のマラソン大会のランナー達に送られるゼッケンと同じだが、かかっている金額が明らかに違うだろう。
どれも個性的で美しい仮面は、当日会場で主催者側に返還するか、気に入れば購入ができるとは聞いている。けれど、ほとんどの人が購入するから毎回新しいものになるというのも頷けてしまう出来映えだ。
ちなみに私がいま着用しているのは、翡翠色のベルベッド地に黒色の刺繍糸で細かく目許に幾何学模様が描かれているもの。鼻の先まである仮面はメグロかウグイスを思わせる。髪色とちょうどいい感じに釣り合いがとれているので、パッと見そこまでおかしくはないはずだ。
ドレスは主張の少ない地味なものを……と、思ったのに、父と妹と、何故か教え子までもが張り切って素敵なものを選んでくれた。
上半身から下半身へと徐々に色の濃さを増す黄色のドレスは、袖が着物のように広がるタイプで、髪型はいくつか作った三つ編みを水引の梅の花っぽく纏めた。ドレスや仮面と相まって、そこはかとなく東洋風。
本当はフェルディナンド様お手製のガラスビーズのイヤリングをしたかったけれど、正体のばれるものをつけてきては彼の言っていた楽しみが半減するだろうと思い、今回は置いてきた。代わりに形が不揃いで、色の差が楽しい淡水真珠の房形イヤリングをつけている。
誰か一人くらいと言わず、二人くらいはいそうな知り合いを探して周囲を見回していたら、ふとある女性の姿に視線が吸い寄せられる。淡い紫色のドレスは首の後ろで結ぶホルダーネック。大胆に開いた背中はヒラヒラと羽衣のように流れる首のリボンに隠れて、そこまで露出が目立たない。
仮面は黒と紫のグラデーション。鼻の部分まで覆う形は鳥の嘴を思わせた。細い三つ編みを緩く両側で纏めている髪飾りが孔雀の羽根でできているせいもあって、何と言うか、かなり神秘的な装いである。
――けれど、入場して一時間でようやく出会えた知り合いだ。
見失う前にさっさと距離を詰めて捕獲してしまおうと、招待客達の間をすり抜けて紫色のドレスの女性を追いかける。そして肩を叩ける距離まで近付いた私は、その背中に声をかけた。
「こんばんは、アグネス様」
すると驚かせてしまったのか、思っていたよりも勢い良く振り返った女性は、こちらの頭の天辺から爪先までをザッと眺めてから、ゆっくりと息を吐き――。
「まぁまぁ、ベルタ様。この大人数の中で良くお気付きになられましたわね~」
そう言って、唯一覗いた口許で親しみのある微笑みを浮かべてくれた。のんびりしたいつもの話し方も、仮面をしているとやけにミステリアスでよろしい。成程、これが仮面舞踏会の楽しみ方なのかもね。
「ふふ、所作で何となく。今夜は髪を巻いていないのですね。新鮮だわ。それにそのドレスも……とても良く似合っています。シンプルなものの方が、アグネス様の姿勢の良さが際立つのね」
「そういうものかしら~? 自分ではこの仮面がないと地味すぎて……せっかく素敵なドレスを着ていても、煌びやかな空間ではかえって浮いている気がしますわ~」
「大丈夫です。とても良い意味で目立っていましたわ。同性なのに思わず見惚れていたらアグネス様だと気付いたくらいですもの」
「あら、お上手なんだから。そう言うベルタ様も、いつものカッチリとした装いとは違って新鮮でお綺麗ですわ~」
お互い一人で不安のピークだったせいもありその場で褒め合っていると、背後から「あれー? もうお互い見つけたの?」と声をかけられる。二人揃って振り返れば、そこにはフクロウを模した仮面の男性が一人。
楽しそうに唇を笑みの形に持ち上げたその相手を「「フェルディナンド様」」と呼んだのは、私も彼女もほぼ同時だったと思う。




