*11* 相乗り。
収益の計算と、今後新しく製作する遊戯盤の方向性に関する打ち合わせが終わる頃には、外は暗くなり始めていた。
「あれ、意外と時間経ってたみたいだなー。あの部屋は普段創作に使うから耳障りな音がする時計は置いてないんだ。ご婦人方に悪いことしちゃったね。お家の方は大丈夫?」
「うちは結構緩いので平気ですわ~。それに両親には出かけしなに友人達と遊ん……芸術について熱く語ってくると言っておいたので」
成程、会議をしていた部屋に時計がなかった理由は分かった。実に芸術家らしくて格好いい。
ただ確実に門限は越している。屋敷に父が帰宅していないことを祈るしかないものの、たぶん無理だろう。でもそれを悔やむ気持ちが不思議なほどないのは、今日のこの集まりが純粋に楽しかったからだ。
「アグネス様、そこはもう正直に“遊んでくると言ってきた”で構いませんわ。実際に論を交わすのが楽しくて、ここにいる全員が時間を忘れていましたし」
「確かにそうだが……ここまで遅くなる原因を投下した身からすると、女性二人には申し訳ないことをした」
根が真面目なホーエンベルグ様がそう言うと、フェルディナンド様が閃いたとばかりに指を鳴らした。
「ならうちの馬車を貸すからお前がベルタ嬢を送っていって、遅くなった理由を話して謝ればいいだろ。で、オレがアグネス嬢を送っていく」
「あら。フェルディナンド様ったら、さりげなく怒られない方を選ぶだなんてやりますわね~。でもお顔のよろしい殿方と二人きりで馬車に乗る機会なんて滅多にないから役得ですわ~」
うふふ、あはは、と笑い会うフェルディナンド様とアグネス様は、実は意外と馬が合う。
そんな感じであとはトントンと馬車の準備が整えられ、フェルディナンド様はアグネス様と同乗してスペンサー家へ。ホーエンベルグ様は私と同乗してエステルハージ家へと馬車を出した。
――が。
今世では父以外の二人きりで馬車に乗るという経験はなかったので、馬車が動き出してしばらくすると、向い合わせで座っているのに、窓の外を見ているホーエンベルグ様との間に横たわる沈黙に耐えられなくなった。
「あの、ルドは元気にしていますか?」
努めて明るい声音でそう訊ねると、彼は窓の外に向けていた顔をこちらに向け、少しだけ驚いた様子で口を開いた。
「ああ……今回もこちらに遊びに来ている。相変わらず口が達者だが、書店に行く際は、常に貴方の妹の新刊が並んでいないか気にしていた」
「この間のドラゴンが出てくるお話でしたらまだ翻訳中ですので、もう少しかかるかと思います」
前回あの少年が選んだ本を思い出してやや申し訳ない気持ちでそう答えると、彼はフッと目許を和らげ、ゆるゆると首を振って笑った。
「いや、いま読んでいるのは国を失った骸骨騎士と魔女の話だった気がする。少し読ませてもらったが、あれの原作は大人でも読んでいて悩む言い回しが多かったのに、上手く噛み砕いた翻訳になっていて面白かった。ルドが読み終えたら俺も借りて読むつもりだ」
彼の口から出てきた本の内容に思わず苦笑が漏れる。あれは一応恋愛物のカテゴリーではあるけれど、物悲しく仄暗い作風で読む人を選ぶ。ルド少年の年頃であの作品を選ぶとはなかなかだと思う。
でも、だからこそお世辞の混じっていないであろうその評価に、胸の内側が暖かくなった。アンナの努力を褒められるとついつい嬉しくて、締まりのない笑みを浮かべそうになる。姉馬鹿というやつだろうか。
「ありがとうございます。妹にも伝えておきますわ」
「是非頼む。それから貴方に少し頼みたいことがあるのだが――、」
和らいだ表情から一転、かつて戦場に出て武功を上げた大きな身体を縮こませ、遠慮がちにこちらを窺う姿が何だかおかしくて。
「何でしょう? ホーエンベルグ様にはお世話になっているのですもの。私にできることでしたら協力しますわ」
――気付けばついそんな言葉が零れてしまっていた。すると本当に困っていたのか、ホーエンベルグ様があからさまにホッとした表情を浮かべる。
「今度また時間の空いている日に、ルドに会ってやってくれないだろうか。前回貴方に遊んでもらったことが余程楽しかったらしくて、あれから貴方のことばかり話題にする」
そんな彼の申し出に「構いませんわ」と答えたけれど、一瞬“教え子と会わせる好機なのでは?”と思ってしまったことに罪悪感を感じつつ、この期を逃した場合ヤンデレ百合ルートをどう回避するかと悩むのだった。




