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♕幕間♕ずっと続けば良いのに。


 お姉様が嫁ぎ先のお屋敷から帰っていらっしゃるからと、お父様がわたくしを先生に預けられてから二ヶ月半。初日から一日過ごすごとに暦につけられた丸印は、三月の二週目までを埋めてしまっていた。


 丸がつけられる日々を先生は当然のように、アンナお姉様もわたくしを本当の妹のように可愛がって下さる。朝起きてから、夜ベッドに入って、翻訳本の朗読を聞かせてもらいながら眠りにつくまで。

 

 一日中お二人から与えられる幸せをどう表現すればいいのか、わたくしはまだ分からないでいた。


 午前中は先生が領地のお仕事をする横で、アンナお姉様が翻訳のお仕事をして、その隣に用意されたテーブルでわたくしも自習をして。休憩時間に答え合わせをして下さったあとは、午後から三人で馬に乗って領内の散歩をする。


 初めて馬の背中に同乗させてもらったときに、先生が約束してくれた風になる体験は、雪解けが少し遅れているからまだ実現されていないけど、それ以外の憧れていたことは何でも叶った。


 毎日温かいお湯に浸されるみたいにユルユル、好奇心旺盛なコマドリのようにキョロキョロしてすごす時間は、とても楽しい。ずっとずっと本当のお姉様が領地にいて下されば、わたくしもこの先生達の暮らす領地にいられないかしらと。


 ずっとそんなことを考えながら暦の数字を丸で囲んだ。バツではなくて丸なのは、先生が『間違えていないことにバツをつける必要はありませんわ』と。そんな風に仰ったから。


 だから理由はそれだけでも、減っていくここにいられる時間を見て悲しまないで済む気がした。今日も三人で食事を終えて集まる談話室で、一日の終わりに暦の数字を丸で囲む。


 するとこちらを振り向いたアンナお姉様が、薔薇のように華やかな笑顔を浮かべて下さった。


「さて……と、キリもいいところまで訳せたし、ちょうどいい時間だわ。お姉さま、今夜のローラの身柄はわたしが預かっても良いかしら?」


 そう言うアンナお姉様の腕がわたくしを包むように抱きしめ、頬擦りをされる。柔らかいハーブ石鹸の香りが心地よくて、すでに眠気で重くなり始めた目蓋をさらに重たくさせた。


 対してソファーに腰かけて書類を見つめていた先生は顔を上げると、書類を膝の上に置き、アンナお姉様の言葉とわたくしの顔とを見比べて、勿忘草のような控えめな微笑みを浮かべる。


「ああ、昨夜は私だったものね。アウローラ様が温かいからといって抱きしめすぎては駄目よ? アウローラ様もアンナの寝相のせいで寝苦しかったら、私はまだしばらく仕事をしておりますので、いつでもこちらの部屋にいらっしゃい」


 けれど、先生の穏やかで女性にしてはほんの少し低い声音に、わたくしの眠気がついに限界を迎えて、はしたないくらい大きな欠伸が出てしまった。


 コーゼルの屋敷では怒られる行為に慌てて口を両手で隠すと、隣でアンナお姉様が大きな口を開けて欠伸をして、最後に先生が一つ咳払いをしてから恥ずかしそうに欠伸をした。


「欠伸って、誰かがするとつられてしまいますわね。ローラの“眠たい”がわたしにも飛んできたわ」


「ご、ごめんなさいアンナお姉様」


「もう、アンナったら冗談ばっかり。アウローラ様も素直がすぎますわ」


「え……冗談、ですか?」


「そうよ。冗談に本気で返されると恥ずかしいわ」


「ふふ、困った妹でごめんなさいね。でも眠気が飛んでくるのは冗談にしても、二人がここでこれ以上欠伸をしたら私まで本当に眠たくなってしまうから、もう部屋に戻りなさい」


 そう言うと先生はソファーから立ち上がり、わたくしとアンナお姉様の額におやすみの口付けを落とす。ここに来るまでなかったこの習慣は、魔法みたいに眠気を強くしてしまう。


「おやすみなさい、可愛い妹達。明日の朝こそは起こしに行ったとき、素直に起きて頂戴ね?」


 こちらに来てからついた寝坊癖を言われてドキリとしていたら、隣でアンナお姉様が「一応の努力はしてみます」と笑う。だからこれは、先生なりの冗談なのだと思って同じように返事をしようとしたら――。


「ここ数日様子を見ていたけれど、明日の朝にはもう地面も乾いているでしょうから、前からの約束通り三人で遠乗りに行きましょう」


 その答えを聞いたわたくしとアンナお姉様は手に手を取って、大急ぎでベッドに潜り込むために廊下を駆けた。

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