*14* 授業終わりの質問あるある。
――特別講習の開始から三時間後。
いつの間にか三人で囲んだ丸テーブルの上は、空になった軽食のお皿やケーキ皿、ティーカップや書き損じたノートの切れ端でいっぱいになっていた。
真剣な表情で私の話した内容を精査する二人をよそに店員さんに空いた食器を下げてもらい、新しい紅茶を注文して喉を潤したり、甘いものの追加をしたりして質問を待ったり。
その光景を見て前世のテスト期間中の光景を思い出して微笑ましかったけど、二人は真面目に書き殴った内容を纏める作業に没頭していた。私は私で二人との会話内容から彼等の教え子の能力値を予想し、次回のアウローラの授業内容を組み立てるという作業がある。
アグネス様の教え子であるマリアンナ・エルベーヌ・ハインツ嬢は、今のところ体力、教養、魅力がずば抜けて高いようだ。
思っていた通り能力値がアウローラとは逆になっている。知力と芸術はそこそこらしいので、だとしたらこのまま育てていけば大丈夫……かといえばそうでもなく。
困ったことに現状だと、顔も知らないホーエンベルク様の教え子とやや能力値の相性が良いことになっている。どうにもあちらの教え子は統率、知力、内政が得意分野らしい。
かといって相性をずらすためとはいえ、いきなり体力に全フリするとバランスが悪いしなぁ……などと考えている間にも、時間は着々と過ぎ去っていった。
――そして家庭教師だけの特別講習開始から四時間半後。
アグネス様のお屋敷から迎えの馬車がやってきたところで強制終了。お昼から座りっぱなしだったせいで腰と背中が痛いし、あとはずっと書き物をしていたから肩と首も。要するに全身が痛い。
けれど私とアグネス様とは身体の鍛え方が違うのか、ホーエンベルク様だけは最後まで涼しい顔をしていた。
「はぁ~……こんなに有意義に自分の勉強をしたのは久しぶりですわ~。お二人ともありがとうございます。今日教わったことは、早速明日からでも授業で実践してみますわね~」
「俺もベルタ嬢に譲ってもらったこの盤上遊戯を、教え子との休憩時間にやってみようと思う。ためになる情報と道具の提供に感謝する。だが本当に今日の報酬はここの支払いだけでいいのか?」
「そうそう、こんなにお世話になったのですもの~。今日はもう家から迎えが来てしまったけれど、次にお会いするときにはもっと何かお礼がしたいわ~」
「いいえ。今日の集まりは同業同士交流の意味合いの方が強いですし、何よりあまり大したことをお教えできなかったのに、お二人のご厚意に甘えて飲食代を全部出して頂いて申し訳ないくらいです」
もともと前世から奢ったり奢られたりということは苦手なので、むしろこれでもかなり譲歩したのだ。本当ならマク○のポテトですら奢られたくない。辛抱強くそう説けば、不満そうな表情ではあったけれど二人とも折れてくれた。
その後はアグネス様が乗り込んだ馬車をホーエンベルク様と一緒に見送り、私は帰りに本屋に寄る用事があったので、彼とはカフェ店の前で別れようと思っていたのだけれど――。
「ベルタ嬢はこの後は何か予定があるだろうか」
「はい。もうすぐ妹の誕生日なので本屋に寄って贈り物を探そうかと」
「アンナ嬢の贈り物を……本屋で?」
「ええ。せっかく王都に出てきたのですもの。ここでしか手に入らない貴重な国外からの書籍もあるでしょうから、それを探して贈ろうかと思いまして」
聞いておきながら困惑の表情を浮かべた彼を見て、そんなに本屋で贈り物を探すのは特殊なことなのだろうかと思ったものの、我が家ではこれが普通なので問題ないのだ。
第一、宝飾品や可愛い小物は本人の趣味に合わないと地雷でしかない。仲良し姉妹を自負する身ではあるが、万が一にも外したらと思うと嫌だ。それに私がそういうものに疎い。
その点アンナの翻訳の才能を伸ばす際に色々教えた身としては、本の趣味ならまず間違いなく当てられる自信がある。
「あまり帰りが遅くなるとアンナと父が心配しますので、もう行かないと。本日はここで失礼しますわね」
そう別れの言葉を告げて反転したのに、急に肩を大きな手に掴まれて一歩を踏み出すのを阻まれた。いきなり邪魔をされるわけが分からず振り向けば、そこには自分で足止めをしておきながら驚きの表情を浮かべた彼が立っている。
「あの、まだ何か?」
「いや、その……俺もついて行っても構わないだろうか」
「それは別に構いませんけれど。ホーエンベルク様も本屋にご用事が?」
「先程教わったことを忘れないうちに新しい教材を買いに行こうかと。もしも迷惑でなければ、片手間で構わないので助言をもらえるとありがたいのだが。遅くなるようなら屋敷の近くまで送り届ける」
ついさっき勉強会が終わったばかりだというのにもう応用。冷静そうな見た目によらず教育熱心なようだ。贈り物を選ぶのには邪魔だけれど送ってくれると言うし、悔しいことに同じ家庭教師としてちょっと感心してしまった。
「そういうことでしたらお付き合いしますわ」
何より男手があれば、自分だけで持ち運ぶのには苦労する重い本も買えるな~、なんて? 思ってませんとも、ええ、本当に。