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*3* 決断の記念式典③


 薄明かるい会場内に浮かび上がる出席者達の視線を浴び、階段の前に立った途端に動かなくなりそうな脚を叱咤し、アンナが見立ててくれた淡い水色のドレスの裾を翻して一段、また一段と階段を上る。


 最後の段を踏んで一番最初に目に入ったのは、国王でも王妃でもフランツ様でもなく、いまにも泣き出してしまいそうに見えるアウローラだった。いや……私が階段を上がってくるまでに何があったの? さっきまでのウキウキ感をどこにやったんだい教え子よ。


 一瞬だけこちらの動揺に気付いたフランツ様と視線が合ったけれど、彼は困ったように微笑むだけ。内心かなり動揺しつつも国王と王妃にカーテシーをとり、両人から声をかけられるのを待つ。


 ややあってから「顔を上げなさい」と笑いを含んだお声がかかり、恐る恐る顔を上げれば、そこには優しげな空気を纏ったリスデンベルク国王夫妻の姿があった。両人は意味深に顔を見合わせて微笑み合うと、私に視線を戻して口を開く。


「ベルタ・エステルハージ嬢、そう固くならずとも良い。昨年子供達にそなたの話を聞き、今日はそなたの生徒であるアウローラ嬢からも話を聞いて、まみえることを楽しみにしていた。あの遊戯盤は実に素晴らしい。息子達に戦場や政治を学ばせる上で斯様に楽しんで自主的に取り組む姿は見たことがなかった。なあ妃よ?」


「ええ。貴女と妹さんのおかげで、うちのお転婆姫に淑女教育をさせることができるようになりましたの。王妃としてではなく、勉強嫌いの我が子に手を焼く母親として感謝しています」


 思いがけず両人から向けられた言葉に驚き、最早盛りすぎた話に水飲み鳥のように頷くアウローラは一瞥するに留めてフランツ様に目配せするが、彼の方も同じく頷いているのであてにならないと悟る。


 前世ブラック塾に勤めて過労死した塾講師でしかないのに、これ以上過大評価が一人歩きするのは居たたまれない。何より私がこの世界に前世のゲーム知識を用いて未来に介入したかったのは、報われずに何度も死ぬ教え子ただ一人だけだった。


 すべてはその途中で生まれた産物。全部自分自身のエゴのためだ。そこには出世欲も立派な志も一つもなかった。褒められるべきは成長した子供達だ。


「いいえ、私は何も特別なことは致しておりません。元よりご子息様やご息女様のお持ちだった才能の一端に刺激を与えた程度のこと。ですが一介の家庭教師ごときにそのような勿体ないお言葉を賜り、恐悦至極にございます」


 ――と、口にしてしまってからふと気が付いた。ここは【子爵家の娘程度】と言う場面であったことに。いつの間にか今世で与えられた貴族家の娘という役所よりも、前世と同じく身も心も家庭教師になってしまっていた。


 教え子の失態を挽回するどころか上塗りした……よね? 不甲斐ない先生でごめん、アウローラ。下で見守ってくれている皆や勇気づけてくれたホーエンベルク様にも合わせる顔がない。


 焦るせいでドレスの背に冷や汗をかきそうになっていたら、リスデンベルク王は目許に笑みをたたえたまま頷き、視線をアウローラとフランツ様の方へゆるりと向けた。すると唐突に豪華な椅子から立ち上がったアウローラは、進行役の人が金のトレイに載せていたトロフィーを引ったくってこちらにやって来る。そして――。

 

「お、おめでとうございます、先生。こ、こ、うして、直接、お祝いの言葉を、告げることができて、わたくし……とても嬉しい、です」


 竪琴型のトロフィーをズイッと目の前に差し出してくれるアウローラ。辛うじて涙を堪えてはいるものの、すでにしゃくり上げている。というか……こういう物の授与は、本来主催国側の王族なり侍従が渡してくれるものなので面食らう。


 そんな私達のやり取りについに王妃の方が肩を揺らして忍び笑いを漏らし、王からも「良い良い。進行にはないが、先程わたしが許可を出した。受け取ってやれ」と言うので、そういうことならばと淑女の皮をかぶり直す。


「ありがとうございますアウローラ様。私も今夜のように大きな式典で堂々と振る舞われる貴女を見ることができて、誇らしいですわ」


 自分の誕生日ですら怖がり、私の背中に隠れて人前に出ようとしなかった娘が、いまや第一王子とその婚約者の代理を勤めることができるようになった。


 トロフィーを受け取りながら思わずそう言って頬を撫でれば、教え子はついに涙を堪えきれずに零して「先生は、出逢ったときから、ずっと……わたくしの、神様だわ」と。そんな風に言ってくれた。


 感慨深い言葉にこちらまで涙腺をやられそうになったので、そろそろお暇しようと教え子を除く三人に向き直ろうとしていたら、今度はフランツ様が椅子を立ち上がって近付いて来る。


 そしてそのまま大人びた微笑みを浮かべて手を差し出してきた。握手ということで良いのだろうか? 戸惑いつつも手を握れば、彼はその笑みを大人びたものから年相応にはにかんだものへと変える。


「ベルタ嬢、貴女のおかげで長年あった兄と父とのわだかまりも解けた。私達を本当の親子にしてくれたこと、感謝してもしきれません。これからはアウローラと共に貴女への恩返しをさせて下さい」


 そう敬称の取れた彼の呼びかけに、隣で涙を拭って笑顔になった教え子が頷く。情けなくも大人なのに、手を一度強く握り返して「私の教え子をよろしくお願いします」と答えるのが精一杯だった。


 最後に振り返った王と王妃は人好きのする、けれど統治者の威厳を感じさせる笑みを浮かべて口を開く。


「ジスクタシアでの教育が一段落したら、是非そなたを我がリスデンベルクに客人として招きたい。勿論最高の待遇でだ」


「そのときは女性同士、色々な話をしてみたいものね。このあとも楽しんで頂戴」


 どこまで本気なのか分からない言葉に苦笑とカーテシーを返し、フワフワと夢見心地な足取りで階段を降りる。トリとはいえ、これまでで最長時間を壇上で過ごした私に会場内の視線が集中する居心地の悪さも、いまはほとんど感じない。


 ただただ去年より大きく感じる拍手を一身に受け、変則的ではあるものの、教え子から渡された竪琴型のトロフィーを手に、ミステル座の皆が待つ方へと歩く。あの夜の答えを胸に抱いて。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 公の場での子供たちからの言葉。 そしておおらかな国王夫妻。 …あれ?かなりな後ろ盾ゲット…?? ←ゲスいな私(笑) ああ!とうとう返事をするのね! なんか緊張してきた(笑)
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