*33* 恋する貴女は美しい。
「ん~……ベルタ様、この紅茶美味しいですわね~」
「ええ、本当に。それにこのメレンゲ菓子も練り込まれたアーモンドの味が香ばしくて、紅茶の香りにも良く合います」
のんびりと出された上質の紅茶とお菓子を楽しむ私とアグネス様の目の前では、お互いに持ち寄った可愛いパステルカラーのドレス達を前に、眉間に皺を刻んで悩む教え子達。その微笑ましい姿にアグネス様が元々笑みを浮かべたような表情を、さらに優しくさせた。
「うふふふ……あんなに可愛らしいドレスって、あのくらいの年頃しか着ては駄目だったんですのね~。過去の自分をひっ叩きたいですわ~」
「人の好みはそれぞれですもの。どの衣装をどの年齢に着用すべきという厳密な決まりなど、本来ありませんわ。アグネス様のドレス姿は社交場では主張が強かったかもしれませんが、可愛らしかったです」
「ま、この褒め上手さん。はぁ……ベルタ様が男性なら速攻で交際を迫りましたのに、残念ですわ~」
「でも女性同士だから寝間着でお泊まり会ができるのですよ?」
「ああ~、確かにそれもそうですわね~」
連日雪模様な外とは無縁な温もりに溢れた空間と会話に口許が綻ぶ。先月もらった招待状の王国友好芸術記念文化賞まであと五日の、十二月十五日。あの特別公演の日から皆が皆それぞれに忙しくしているため、今日は久々の全休日だ。
ちなみにあの日ホーエンベルク様から借りた上着は、翌日父が勝手に返しに行ってしまったので、あれからまた彼には一度も会えていない。ただ彼が父に何か口添えをしてくれたのか、芸術記念文化賞には私も参加できることになった。
そんなこんなで日常が半分戻ってきた状態の本日は、教え子に招かれて王都にあるコーゼル家の屋敷にて女子会中だ。
アウローラと二人の姉達との関係性はまだ距離があるものの、両親と一緒に嫌疑をかけられそうだったところを助けてくれたばかりか、爵位をそのままに領主として据え置かれた理由も末の妹のおかげなので、いまのところ従順である。
そういうわけでアウローラは実質この別邸の女主人として、未来の第二王子妃としての日々を過ごしていた。
「うーん……やっぱりこっちのドレスの形の方が良いと思うわ。これから背だって伸びるんだから、あんまり子供っぽすぎるのもね。わたし達は第一王子と第二王子の婚約者として公に発表されるんだもの。他の令嬢達に舐められたりしたら後々大変だし、一番最初にビシッ! と決めとかないと」
「そ、そうよね。マリーの言う通りこれからは一年一年、確実に成長していかないと駄目だもの。ドレスで印象操作ができるならそれに越したことはないわ。わたくし達が軽んじられたら先生達にも迷惑がかかるもの」
「それよ! ね、ローラ、わたし達で先生達みたいな職業女性が男に負けないで、もっと活躍する世の中にできるよう頑張ろう!」
「勿論よマリー!」
変だな……ドレスの話からいつの間にか随分野心的な話になっていたらしい。数分前まで微笑ましいと思っていたはずの二人は、まだ十一歳とは思えない会話を繰り広げている。君達前世換算だと小学校四年生か五年生だよね? 貴族社会って本当にこういうところがえげつない。
思わず「何だか壮大な会話内容になっていますね」と漏らせば、隣に座っていたアグネス様が紅茶の入ったカップをテーブルに置いて、こちらに身体ごと向き直った。その勢いの良さに思わずビクリとしてしまったけれど――。
「そうそう、そうでしたわベルタ様。先日わたしに義弟ができましたの~」
「まぁ、そうな……は? え、それは、どういう……いえ、あの、まさか?」
「あ、父の名誉にかけて愛人の子というわけではありませんわ~」
「それなら良かっ……いえ、どのみちとても驚くことにかわりありませんけれど、ひとまずそこは了解しました。ですがかなり急なお話ですね」
相変わらず急にぶっ込んでくる親友だ。あまりの動揺にカップを持つ手が震えて紅茶がソーサーに飛び出さんばかりに踊る。そんな私の手許を見て「あらあら」と笑う彼女は、慈愛に満ちた聖母のようだ。
この親友が不幸になるルートが存在するなら絶対に潰す。物騒な意気込みを胸に身を乗り出して話の続きを聞こうとすれば、彼女はゆっくりと口を開いた。
「それがまぁ少々わたしにも思うところがありまして。義弟は父の遠縁のご子息で、今年で満十二歳の素直で将来有望な秀才君ですわ~」
イケメンの婿養子を探すという話はどうなったのかという問いかけは、彼女が浮かべたどこか吹っ切れた感のある表情のせいで喉の奥に張り付いた。
「以前までのわたしなら、男爵家や商人の家の男性を顔で選んで、そのお相手と愛のない契約結婚をして子供を産むのもやぶさかではなかったのですけれど、それが難しくなってしまいましたの。だけどきっとこれで良かったのですわ~」
確かに彼女の言葉通りの晴れやかな笑みを美しいと感じたけれど、同時に思うのは彼女の心を奪った相手が誰なのかという疑問だった。
でもかける言葉を探して口ごもった私に向かって「バクチを打つって、こういう気分ですのね」と内緒話をするように顔を寄せて囁く彼女は、どこまでも少女で、羨ましいほど可愛かったから。
恋や愛や結婚や出産という現実に二の足を踏んでいる私の口からは、彼女の決意を止める言葉は逆立ちしても出そうにない。だから、いまこのとき私は決意した。悩みに悩んだフェルディナンド様の告白に対する答えを聞いてもらうのは、五日後。文化賞の表彰が終わったあとの親睦パーティーのときにしようと。




