表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/240

★5★ 成程、これは。


 王都の大型書店で顔を会わせた学生時代からの腐れ縁であるエリオットが、昔から変わらぬ気まぐれを起こし、希少本を探すのを付き合えと言い出したのは三日前。その本が王都ではすでに入手困難となっており、同系列店であるコーゼル領の書店にあると教えられたのが二日前。


 俺もベルタ嬢と再会してから触発され、新しい教材の入手に精力的に取り組んでいるため、こうなったら最後までエリオットの探し物に付き合ってやろうと、前回の訪問から半月ぶりにコーゼル領に足を運んだ。


 そこで偶然店内を楽しそうに物色している彼女を発見した。前回の誕生日パーティーでは話の途中で別れたので、まだ話をし足りない。誰も彼女の周囲にいないことから、今日ならば訊ねたかったことを聞き出せるかもしれないと、エリオットを放ってその背中を追った。


 迷路のように入り組んだ本棚の間を縫うように歩く彼女の腕には、すでに購入予定らしい本が数冊抱えられていたが、端から見ているだけでも時折ふらついて危なっかしい。


 だというのに、まだ上の方にある本を取ろうと背伸びをしていたので慌てて近付き、彼女が取ろうとしていたらしい本を抜いて差し出したのだが、彼女は突然現れた俺に明らかな警戒心を見せた。そこで前回のやや不自然に感じていた話の終わりが拒絶からくるものだと理解する。


 しかし、その理由が分からない。だが内心ムッとしたのも束の間で、意識はすぐに彼女が手にしていた本の題名に吸い寄せられた。


 彼女が家庭教師を勤めているということは、生徒は子女であるはずだ。なのにその腕に抱えられているものはどれも子息教育に用いそうなものばかり。もっと言及するのであれば、それは宰相や高位文官の子息に必要とされるような教育に使われるものである。


 瞬間、歓喜に胸が高鳴った。やはり彼女こそが俺の探し求めていた人物だと。


 だが会話を続けようとしたそのとき、すっかりその存在を忘れていたエリオットが割り込んできた。しかも俺のせいで彼女が怯えていると指摘されてしまい、その後はうやむやのまま当初の予定通りエリオットの探し物に付き合わされた。


 ――……そして現在、エリオットが本のお礼にと彼女を女性に人気がありそうなカフェに誘い、俺も一緒に席についている。


「私の教え子が貴男の描いた絵がとても好きで、良く画集を見せてくれるのです。貴族のご子息で絵描きをやっている方だとはお聞きしていましたが、お顔は存じ上げなかったものですから。気付くのが遅れてしまいましたわ」


「へぇ、そうなんだ? 面と向かってファンだって言われると照れるね。うちは全員芸術バカだから割と他の家より自由かな。それに慣れてるとはいっても、やっぱ得意分野で褒められるのは悪い気しないね。領地の仕事もしなきゃだし、本職に比べれば作品数はないけど」


「それはそうかもしれませんが、数を描くだけが絵描きではないでしょう」


 しかし何と言うのか……とにかく疎外感が凄い。友人を手放しで褒められるのは悪い気はしないが、それでもこの二人の目に自分が映っているのか流石に少々気になり始めている。


 とはいえ会話が盛り上がっているところに口を挟むのは大人げがない。年齢を聞いたことはないものの、二十五歳の俺より二つ歳下のエリオットと彼女は歳が近く見える。


 仕方がないので購入した教材を開き、次の授業ですぐに使用できるように読み込んでおくことにしたのだが――。


「作品数が少なくとも貴男の絵には一枚一枚にその世界観が感じられて、見ているだけで違う場所に行けそうですもの」


「あー……うん、そっか。それはどうもありがとね」


 右斜め前に座る彼女が穏やかな声でそう褒めると、普段から女性を口説き慣れているエリオットが珍しく口ごもった。そんな二人のやりとりに耳を傾けながら、頁をめくるうちに意識が本に向き始める。


「あれ、ヴィー、女性とお茶をしてる最中にまで教科書の確認かよ。マナーがなってないんじゃない?」


 ふとそうエリオットに声をかけられて視線を上げると、彼女の視線が俺の手にした本の表紙に注がれた。奇しくも彼女がさっき本屋で手にしていたものと似たような内容である。


「エリオット……お前がマナーについて語るのか」


「だーってお前、さっきからずっとだんまりだろ。いつも人に礼節を説く割に女性の前でそれは失礼じゃないのか?」


「人と人の会話に割り込まないのもマナーだ」


 俺の手から本を奪おうと絡んでくるエリオットを押し返していると、今度は彼女が困惑気味に「教科書ですか?」と訊ねてくる。そういえば前回伝えようと思っていたのに中途半端な別れ方をしたせいで、まだ同業だとは言っていなかった。


「ああ……俺も一応同業だ。だから貴方の会話を聞いていると、生徒を持つ教育者として勉強になる。前回はどんな授業内容なのかそちらの生徒に直接聞いてみたかったのだが、驚かせたようですまない」


 “勿論それだけではないが”とは、まだ言わない方がいいだろう。いくら優秀な教師がつこうとも、相手の生徒は未だ海のものとも山のものともしれない。けれど第一王子派閥に先に目をつけられるのも困る。とはいえこちらの教え子に目会わせるにはもう少し時間を置きたいが――。


「ふふふ、それは企業秘密ですわ。お互いに守秘義務がある雇われの身は厄介ですね、ホーエンベルク様。フェルディナンド様、先程のお話ですが是非ご検討下さいませ。申し訳ないのですけれど、この後もまだ用事がありますので失礼しますわ」


 そう言うが早いか彼女は楚々とした微笑みを浮かべながら席を立ち、エリオットの「じゃーねー」という気の抜けた声に頷き返すと、俺が引き留める間もなくテーブルの隙間を縫って去って行く。


 礼節に気を払う彼女にしてはやや露骨な線引きに、ようやく合点がいった。どうやら彼女は権力の陰がお気に召さないのだろう。堅実な女性は好ましい。それでこそ家庭教師(ガヴァネス)だ。


 彼女から何か頼まれ事をしたらしいエリオットに探りを入れると、ニヤリと笑って「守秘義務ってものがあるからなー」と躱された。面白いとその顔に描かれている。成程、流石は腐れ縁とはいえども気心の知れた友人だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ