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★28★ ワインと肴。


 白い蝙蝠の彼から情報をもらってからの五日間で、打てる手は全て打ち尽くした……と言いたかったところだが、実際には細々とした部分を力任せに繋いでの突貫ではあったものの、それにより被害は最小限に留められたと思う。


 ――とはいえあの六日前の夜に敢行した救出作戦からこちら、仕事は山積みだ。


 連日口を閉ざしたままのランベルク公への聴取と、イザーク達被害者への聞き取り調査、今後の勢力図の変化による人事移動、リスデンブルク王国との関係性の強化、飛び地に駐屯させたまま敵側と睨み合いをしてくれている兵達の補給等……数え上げればキリがない。

 

 やるべきことは多々あるにもかかわらず、自分も聴取される側であることもあいまって仕事はなかなかその量を減らしてくれない。


 加えてあの夜以来、令嬢二人には会えてすらいなかった。登城して聴取を受けている男であるイザークやエリオットとは違い、令嬢であるアグネス嬢とベルタ嬢は父親達からの圧力と抵抗が凄まじい。


 家臣として無礼であるのは心得ているが、元来陛下の苛烈な人格は文官や一部の高位貴族達から距離を取られ……いや、快く思われてはいなかった。いままではそれでも国を纏める者として、手法はどうあれ統治をこなしてこられた。


 しかし今回の一件は、亡き王妃の兄であるランベルク公の起こした国家転覆にも繋がる事案。その不満がここに来てついに表面化してしまったのだ。この件については早急に手を打つ必要があるだろうというのは、すっかり頼もしくなった王子達の言である。


 何より陛下の体調に不安がある現状では、いまのままの統治を続けていくことが難しい。これについては例年通り年末に予定されているジスクタシア・リスデンブルク両国の芸術文化賞での打ち合わせの際に、リスデンブルク側と協議を設けることになっている。


 そんなこともあり、今日こそ屋敷に戻らず仕事を片付けようと意気込んでいたら、運悪く廊下でフランツ様とマキシム様の二人に捕まってしまった。


 マキシム様からは『お前は働きすぎだ』と呆れられ、フランツ様からは『いま先生に倒れられては困ります。それに今日は――、』と、何やら気になるところで言葉を切られたものの、結果として強制帰宅を命じられた。


 しかしそう言う二人の目の下にもクマが住み着いていたことを加味し、深夜のうちに城に戻って少しでも翌日分の仕事を減らそうと考えていたのだが……。


 帰宅した屋敷に届けられていた大量の木箱に驚く俺を前に苦笑を漏らす執事と、張り切る料理人や使用人達、そして何故か遊びに来ていた悪友に出迎えられる羽目になった。


 ――……それから小一時間後。


「おー! 凄い量じゃん。本当にこんなにもらって帰っても良いの? オレここでも遠慮なく飲んで行くけど」


 すっかりご機嫌な様子のエリオットが、土産用に用意したワインボトルを手に宣言通りグラスを傾ける。前髪に飾られたガラスビーズが揺れる様と表情だけ見ていればそれなりに見目も良いのに、食事中のお喋りが過ぎる悪癖は昔もいまも変わらない。


「良いも悪いもこんなにあっても俺一人で飲みきれんからな。幾らでも飲んでくれ。使用人達にも持ち帰ってもらえるよう頼んだが、それでもまだ余りそうだ。まったく母上も何を考えているのだか……」


「そりゃ普段手紙の一通も寄越してこない息子の誕生日だからだろ。二十八歳おめでとー。その調子だとヴィーは今年もまた自分の誕生日忘れてたんでしょ?」


「あのな……もう祝ってもらうような歳でもないだろう。それに向こうからの手紙には返信しているぞ」


「親はそうでもないんじゃない? うちの親だって適当に出かけた先で見つけた画材送りつけてくるし。オレは何歳になっても誕生日を祝われるのは嬉しいよ。あとたまにはオレの報酬用にワイン頼む以外にも手紙出してくれないとさー、流石に気ぃ使うって」


 そう言いつつ早速注いだばかりのワインを飲み干し、給仕係が持ってきた料理の皿を受け取りながら「ありがと。あとはこっちで勝手に食べるからさ、皆もう下がって良いよー」と人払いをする。他家でやれば大問題だが、うちでは例年通りの光景なので給仕係や使用人達も笑って退室していく。


 無駄に広い食堂に二人になると、エリオットは最早グラスを使うこともなく直にワインボトルをあおった。


 もうこいつの行儀の悪さには目を瞑る……というか、こちらもテーブルマナーを守る必要がなくなったので、適当に揚げたエビを摘まんで口に放り込む。ジュワッと口内に広がるエビの風味と塩気に、ついワインボトルに手が伸びた。


「やっぱこの食べ方が一番だよなー。ヴィーももっと飲めよー」


「俺はまだ仕事があるからほどほどに飲むさ。お前はその調子だと今夜は泊まっていくんだろう?」


「勿論そのつもりだけどさー、今夜は腹を割って話したいこともあるんだよね。だからヴィーも正気なくすくらい飲んでくれないと困るんだって」


「エリオット……腹を割って話すなら尚更正気でないと駄目だろう」


 支離滅裂なことを言う姿に呆れつつ、片手にワインボトル、もう片手に香草の入った腸詰めを突き刺したフォークを持ったエリオットにそう突っ込むと、それを聞いた悪友は急に珍しく真顔になって口を開いた。


 「オレねー、ヴィーがあんまり鈍いから、先にベルタ先生に告白したよ」と。

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