*27* 依存と共存の違い。
件の大捕物から六日後。イザークとホーエンベルク様とフェルディナンド様には、救出された夜以降顔を合わせていない。理由は簡単であの夜の事情聴取や後始末に追われているからだ。ガンガルも連日聴取を受けている。
勿論私も聴取をうけたものの、男性陣よりは体力や精神面への影響を考慮された……というよりは、我が父の圧力に聴取を取りに来た騎士団の面々が恐れをなしてしまったらしい。本来ならこちらから登城しなければならないところを、向こうから来てもらっているだけでもかなりな譲歩だと思うのだけど。
ちなみにアグネス様のところも我が家と同様。なので彼女ともまだ会えていない。世の父親が過保護というよりは、私の近辺にいる男親が過保護なだけかもしれないけど。何にせよ病人でもないのに過保護な父のせいで、王都の屋敷にある自室のベッドから出してもらえない日々である。
特に彼女はフェルディナンド様と一緒に約束の時間より早く花火を打ち上げて、ロロさんや他の女性達の旦那さんを呼び戻してくれた功労者だから、仕方ないといえば仕方ない。
あのファインプレーのおかげで、疑惑がみっしり詰まっていたランベルク屋敷はいち早くリベルカ人に制圧され、妻や子供達の無事を確認した彼等も比較的大人しく聴取に応じてくれているそうだ。子供達と女性達の身柄は現在王都の教会預かりになっている。
それから、救助に来てくれたホーエンベルク様のガントレットが汚れていた理由も判明した。
彼を追って来てくれた部下の方々の証言だと、街の方に回った部隊と街の周辺に抜ける隠しルートを探る部隊に別れて行動していたそうで、ホーエンベルク様は外を探る部隊として行動中に微かな煙の臭いを察知し、それを辿ったところで紋章を削った怪しい部隊を発見。
部下の到着を待たずにサーチ&デストロイの精神で外にいた部隊をほぼ一人で撃破。なお撃破の際は剣戟の音が立つと不味いのでまず一人を撃破後、鎧を剥いで隠し通路へ侵入したとのこと。
まさか主戦武器がハルバードとカイトシールドで、兵科が重騎馬だったとは。ロマン兵科でRPG的ファンタジーと言いたいとこだけど、ただの西洋史の本で見たやつだった。海外から見た戦国時代もあんな風なのだろう。
そもそもあの夜どうして彼があの場にいたのかと思っていたのだけれど、どうやらピスタチオさんが同僚の影に持たせた情報が、王都に届けられるより先にホーエンベルク様に届けられたそうだ。
そこで彼はその情報を元に、私を心配して私兵を出してくれた教え子のコーゼル家と、アグネス様を心配して私兵を出してくれたハインツ家と共に、横槍を入れてきそうなキーブス伯爵領とバルジット伯爵領を急襲し、返す刃でこちらに救援に来てくれた――と。
そんなわけで事件に直接関わった人達とは誰一人会えていない。けれどそんな日々に寂しさや退屈しているかと言えば、案外そんなこともなく。
「それでね、ヨーゼフと次の作品はこういう感じにしようかって話をしてて。勿論お姉さま達が見逃した公演は近しい人達だけ呼んで特別公演をする予定よ。それを踏まえてこの次回作についてお姉さまとローラはどう思う?」
今日も今日とて私が救出されてから連日片時も離れないアンナが、ベッド脇の椅子に座ってそうこちらに問う。心配をかけたせいで少しだけ痩せた妹は、それでも生来の美しさを失わない。
その隣に椅子を寄せる教え子もすっかり日参組で、妹の問いかけに「わたくしはアンナお姉様の小説はどれも大好きです」と、頬の幼い丸みが大人の女性の輪郭に近付いた顔を美しく綻ばせた。
ベッド上に広げられたミステル座の次回作脚本と原作小説原稿。それらを一枚ずつ手にとっては内容をかい摘み、頭の中で繋げていく。
五国戦記の最終公演の前に挟まれる次回作を簡単に説明すれば、鶴の恩返しに明るさを加え、某眠れる森の姫をミックスした感じの恋愛もの。これなら若い女性のお客さんも喜んでくれるだろう。なかなか良い選択だ。しかし一点だけ敢えて気になる部分を上げるなら――。
「そうね……私はこういうお話も好きよ。ただ精霊信仰の人達に誤解されないように描写することを念頭に置いておくべきかしら」
女性の方が精霊という点に言及すると、アウローラから「ですが先生、精霊信仰は教会や信徒を持つ宗派ではありませんわ」という突っ込みが入る。
「ええ、本来なら信じて祈ることに特別な場所など必要ありません。でも形にしないと辛いときに縋れない。そのために人は信仰するものに形を与えて囲うのですよ。誰もが平等に縋れるように」
可愛らしく小首を傾げる教え子に久々に家庭教師らしく教えを口にすると、彼女は瞳を輝かせて「素晴らしいお考えですわ!」と食い付いてくれた。え? そんなに食い付くところあったっけ? と訝かしんだのも束の間。
「生きておられる間はずっと一緒にいられるから良いとして……できれば本当は同じ日に死にたいですけれど、それが叶わないときは先生の像を造らせますわ。そしてその像にはわたくしと、わたくしの親しい方達にしか縋らせてあげません」
名案だ!! とばかりに恐ろしいことを口にした教え子の瞳に狂気を感じる。あ、これ……冗談に聞こえないな……攫われてから教え子がちょっとヤンデレに傾いてるかも。婚約者のいる身でそんな性癖を発露させてしまって良いのだろうか。
将来少しでも他の女と会話したら許さない過激派同担拒否勢になったらどうしよう。いや……考えるまでもなく王族の妻としてそれは駄目だろうな。助けを求めてアンナに視線を送ったものの、視線の先にいた妹はこちらを見ていなかった。
「それ良いわねローラ。でもお姉さまはわたしのお姉さまだから、勿論所有権はエステルハージ領にあるのよね?」
「うぅ……はい。保管場所はアンナお姉様にお譲りしますわ」
そこは年長者らしく止めてくれないかな妹よ。しかしそうは思いつつ色々心配をかけた手前、私に懐いてくれている二人を窘めるのも心苦しい。そんなことを考えた私がつい視線を向けてしまう先は、このところずっと同じで。
そのことに気付いたアンナに「お姉さまったら、またあの靴を見てるわよ?」とからかわれて。鉄芯の入った靴を恭しくはかせてくれた彼のことを意識している自分に気付くのだった。




