*25* 狂戦士が追加されました。
「これはこれは……田舎者の猿がよくもまぁ暴れたことだ。この寒空の中ようこそ、エステルハージの小娘」
これぞ悪役の見本というべき鷹揚な語り口調と芝居がかった動作。腰に剣をはいて指揮官ぽい軽装鎧に身を包んだ男は美々しいの一言に尽きた。両脇に控える家名を削った甲冑に身を包んだ怪しい騎士達。頭をすっぽり隠すフルヘルムのせいでその表情を窺い知ることはできない。
心底胡散臭いくせに、それでいて腹立たしいことに一種の気品と風格を持ったミドル――……今世でのラスボスと私が勝手に定めたランベルク公は、舞台俳優さながらの見た目をフル活用した登場をして見せた。
「ご機嫌よう、閣下。こんなところでお会いするとは思いませんでしたわ」
膝の上に上半身を預けていたイザークが、敵の登場に飛び起きようと身体に力を込めるのを無言で制して、通路から現れたランベルク公を正面から見据える。
「白々しいが、まぁ良いだろう。そこの愚息を迎えに来たようだが、ご覧の通りその必要はない。野良の腹から産まれた子供にしてはマシなできだと思ったが、下らん情に流されるとは……所詮はお前も野良か。しかし最後に小娘を呼び出す餌くらいにはなった」
吐き捨てる、切り捨てる、そういったことを何とも思っていない人間の声音だ。込み上げてくる嫌悪感と知り合いを侮辱された怒りに、胸の内側が攻撃的な熱を持つのが分かるけれど、いまは怒りに飲まれているときじゃない。
私がここに潜入してどれくらい経った? 一時間にはまだ足りない? せめてイザークだけでも逃がせないものだろうかと思案していると、嘲りの視線をこちらに向けていたランベルク公が口を開いた。
「小娘、服を脱げ」
「――……は?」
聞き返したけど一応聞こえてはいた。突発的難聴にはなれなかったことが悔しいが、前世でも今世でも一発でセクハラになる発言をした男は、面倒そうに眉を顰めた。しかしその顔をしたいのはこちらである。
あまりに場にそぐわない唐突なセクハラ発言に、膝の上のイザークも思わず苦痛顔から宇宙猫顔になってしまったではないか。
「服の下に隠している武器の類いを全て検める。その場で脱げ」
こちらの理解が足りないとでも思ったのか、そう説明を補足されたものの……補足されたところで嫌なものは嫌である。そもそも殺すだけなら服を脱がせる必要はないよね? 手を焼かせた罰として恥を晒して死ねということか? どこまで性根が腐ってるんだこの人と思っていたら――。
「何を勘違いしているのかは知らぬが、小娘、お前はここでは殺さぬ。世の中には奇特な人間が往々にしているものだ」
どうやら人の心の中を読む癖は似た者親子なようだ。そう感じていたらそれを読み取ったのか、膝の上でイザークが心底嫌そうに顔を顰める。いやでも本当にそういうとこだぞ? という視線を向けると、諦めたのか小さく頷いた。
「ああ……成程、私は閣下の亡命先への手土産ということですか。それなのに私に近付いて検分のために服を剥ぎ取ることすら恐ろしいと?」
「先程の戦闘を見ていてその手には乗らん。つまらん挑発をかける暇があるのならさっさとしろ」
まぁ、奇襲・不意討ち特化型な戦闘スタイルの人間においそれと近付く馬鹿はいないか。けれど生憎とこちらも人前でストリップをすることに快感を覚える性癖は持っていない。
それにしても……まさかのドナドナエンド。もう当初予定していた悪女エンドですらないらしい。ブラック塾の講師として過労死した挙げ句、転生した先で子牛として敵国に売られていくのか私は。
膝の上から身を起こしたイザークが、ミドルの視線から私を背に庇うようにずり上がってくる。気遣いはありがたいけど、怪我人は安静にしておいて欲しい。そう思いを込めて背中を擦れば、彼は一瞬振り向いて不安そうな表情を浮かべた。
運がなさすぎていっそ笑えるけれど、このポジションにいるのがアウローラでないことは素直に喜ばしい。前世の最後に見たエンディングは未だにトラウマだ。それに話の腰を折りまくって時間を稼ぐなら、いまが最後の好機だろう。
それが駄目でも、最悪ついていくときに虚をついてこの手で――……というのはまだ流石に決心ができかねるけれど、あちらの国でミドルに張りついて見張るくらいならできそうだ。
「ではそちらの提案に従う代わりに一つお願いがございます」
私の発言にイザークが身体を強張らせてまた振り返る。その顔色は薄明かるい程度のこの場所でもそれと分かるほど白い。そんな彼の背を擦って、安心させようと頷いて見せた。
「……願いだと? 自分の立場を弁えよ」
「あら、弁えておりますわ。臆病なそちらの申し出に従って脱ぐ代わりに、この死に損なった哀れな男に手を下さないとお約束して下されば良いのです。元より死体になればここへ捨て置くつもりだったのでしょう? どうせこの怪我では一人で動けない。凍えて死ぬまで放置するだけで良いのです」
なるべく悪趣味な相手が好みそうな心無い言葉に、悪役顔をいかした微笑みで満身創痍のイザークを詰る。思った通りミドルはその黙っていればナイスなお顔に酷薄な笑みを浮かべた。それを了承の合図とし、目の前にあるイザークの背から身体を離して立ち上がる。
傷の痛みで額に脂汗を浮かべながら「止めて下さい」と言うイザークの声を無視し、こちらの動きを用心深く探るミドル達を見つめ返した。
もしかしたら、クナイさんが時間内に戻らないことに気を利かせて援軍を連れてきてくれる……かもしれない。
そんな不確かな可能性にまさに一縷の望みをかけて、震えそうになる手で上着を脱いだ。上着の下に隠していた三つ編みもほどくよう視線で促された。それにも従い、針金にも負けない強度の結い紐を床に捨てる。
途端に広がる赤毛を払い退けて次にジレを脱ぎ、タイを引き抜く。シャツのボタンを外すことに抵抗を持ちながらそれでも外して。
上半身を覆うものがコルセットだけになる頃には、足許にさっき入手したばかりのお酒の小瓶、ダガー、ナイフ、ロープ、自前で用意していたダガーとナイフ、棒クナイ、ナックルダスター、カミソリ等々が散乱した。視界に入ったついでに先に靴も脱ぐ。
自分でもちょっと感心する量の武器を投げやりに眺めつつ、冷気で粟立つ身体を両手で擦るが、ミドルからの「下もだ」という無情な指示にベルトを外す。もう本当にこいつ地獄に堕ちれば良いのに……。
一度長い長い溜息をついてから、諦めてポケットにマキビシの詰まったトラウザーズに手をかけた。最早虚無である。
おまけに間の悪いことに私達の来た背後の通路でなく、ランベルク公達の現れた通路の方から足音が聞こえてきたのだ。ここまでして万策尽きた。そう思った瞬間何だか急に視界が歪んだけれど――。
新たに合流してきたフルヘルムの甲冑を着込んだ大柄な騎士は、絶望に凍り付く私とイザークを一瞥すると、いきなりランベルク公の両側に立っていた騎士達の頭を掴んで強かに壁に叩きつけた。
鉄製のヘルムがいとも容易くグシャリと潰れる音と、突然襲われたことに抵抗らしい抵抗もできずに苦悶の声を漏らして崩れ落ちる哀れな騎士二名。
咄嗟に身を捻って剣を抜こうとしたランベルク公の腕を掴んだ謎の騎士は、フォールズ下から取り出した短剣の鞘で上官か同僚であるはずの彼の頭を殴りつけた。ヘルムをかぶっていなかったミドルの顔が頭から流れた血で染まる。
前後不覚に陥ったミドルをお構い無しに引きずり起こした謎の騎士は、何故か怒りを全身から発して――。
「この外道が。いまここで殺してやる」
ヘルムに遮られてくぐもり、聞いたこともないくらい殺気だったものではあったけれど……いまこの場で一番安心できる人の声でそう言った。




