*22* 脚本始動③
「誰かがボク達を見ているかもしれない。最短での道は止めて、念のために少し遠回りをしましょう」
「そうですね。他に気に留めることはありますか?」
「でしたら余裕があれば、家々の灯りが点く範囲と窓を気にして下さい」
「灯りと窓……分かりました。気付いたことがあればお知らせします」
そう言葉を交わし、口々に火事だ小火だと深夜に喚く客達を押し退けて、騒がしい建物周辺をあとにして深夜の路地裏をジグザグに走った。
商業地区とはいえ店舗と住宅が一体化しているお家には申し訳ないけど、そのうち煙の臭いはしても思うほど火の手が上がって来ないことに、誰かが気付いてくれるだろうし、店内から逃げ出した貴族達のことは影が後日調べるだろう。
けれど待ち合わせ場所へとひた走っていたら、いきなり足許にピスタチオが撃ち込まれた。驚いて立ち止まり、抗議の意味を込めてピスタチオの飛んできた方角を睨み付けると、またもやビシリとピスタチオが撃ち込まれる。
しかし今度の軌道は足許ではなくやや後方で。振り返った先には、一緒に立ち止まっていなければならないはずの人物の姿がなかった。
「……イザーク様?」
嘘、何でこの状況下でいなくなるの。頼むからはぐれちゃ駄目なときに限ってはぐれるヒロイン系気質を発揮するな。家の灯りが点く範囲とやらの確認はどうするのとか、一瞬色んな言葉が頭をよぎる。
「あ、でも、落ち合う場所は決まってるから……大丈夫、よ」
そう自身と闇に紛れるピスタチオさんに言い聞かせるために呟いて再び走り出したものの、心臓がいやに軋む。
勿論走っているせいでもあるだろうけれど、それよりもこの状況が前世のあと一歩というところでバッドエンドだった記憶とかぶる気がした。たぶん何となくだけど、このまま長くはぐれていちゃ駄目だ。
別の章に入れるようなルートの分岐は、ゲームだったら終盤にさしかかっているこの先もうない。つまりこのルートを失敗すれば……そんな漠然とした不安だけがグルグルと頭の中を回る。それでも足を止めずに走ったのは意地と希望的観測のなせる技だった。だけど――。
追手の気配を感じないまま、この暗闇の中に誰かがいてくれると信じて向かった待ち合わせ場所に立つ影は一つだった。
「あ、来た来た。無事で良かったよー。でもさ、絵描きに叫ばせて全力疾走させるのとかこれっきりにしてね。走ったのだって久々で息が上がったくらいだし……って、ベルタ先生一人なの? イザークの奴は?」
膝から崩れそうな感覚を堪えて駆け寄ったこちらに、疲労困憊なフェルディナンド様が放った言葉が嫌な予感に拍車をかけた。私の心理的拍車は深夜テンションハムスターの回し車化している。
「フェルディナンド様、ご無事で良かった。ですが……イザーク様とは途中ではぐれてしまって。彼は一度もここに来てないんですか? 私を探しにいって入れ違いになったわけではなくて?」
「おっとぉ……ベルタ先生、ちょっと落ち着いて。何かまずいことになってるっぽいのは分かったから、一回深呼吸してよ」
「す……みません、そうですね。取り乱してる場合ではありませんでした。考えをまとめてみますので少し時間を下さい」
フェルディナンド様に諭されて深呼吸をしたら、僅かだけれど頭が冷えた。まず一つにイザークははぐれたんじゃない。自分の意思で私から離れた。
思えば彼の行動原理はいつも復讐だった。それも自らの手だけで完遂する単独殺人系。もしもここでランベルク公爵を取り逃がしたらどうなるか? 決まっている。第二王子に縁付いた教え子を巻き込んでの戦争が始まるだろう。
大体においてゲーム内の途中参戦キャラクターというのは、一人で先走りがちで周囲との協調行動を乱す。現実世界だと嫌われると思うんだけど、ゲームだから許せる部分があるのも事実。しかしいまはここが現実なのでイザークの単体行動原理は許せん。
あと奴は貴族社会を舐めてはいないだろうけれど根本的に理解が足りない。公爵家の当主が武芸ができないわけないと思う。仮に我が家の父より弱いとしても平民で文系なイザークよりは圧倒的に強いはずだし、そもそも一人で潜伏しているかどうかも怪しいのに……。
二つにいつもは冷静なのに母親の敵に逃げきられそうで、焦って視野狭窄に陥っている。元のゲームのルートが何種類あったか知らないけど、あの開発陣が全員ドSしかいなさそうなシナリオでキャラクターが死なないはずもない。一人で突っ走らせたら絶対にびっくりするくらいあっさり死ぬ。
「ええと……フェルディナンド様はアグネス様達と合流して下さい。安全な道はピスタチオさんが教えてくれると思いますので。私はイザーク様を見つけ次第捕獲してそちらに合流します」
「良かった、冷静っぽいね。思ったより普通の判断だ。ピスタチオさんも聞こえてた? 道案内よろしくねー? 他に気を付けとくようなことがあったらいまのうちに聞いとくよ」
「ではいまの騒ぎで窓と灯りが点く家の確認をお願いします。護るって言ったのにごめんなさい。道中くれぐれもお気をつけて」
「はは、変わった要望だけど任された。いまはイザークの馬鹿のがヤバそうだからオレのことは気にしないで。その代わりベルタ先生も気を付けてよー?」
そのやり取りを合図にお互い背を向けて別れたのち、私は犯人らしく犯行現場に舞い戻った。




