表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
205/240

*17* 悩ましいが目白押し。


 迫る冬を前に毒草園でできることはもうほとんどない。なので本日は久しぶりに完全本職モードでお昼まで子供達の勉強を見てあげることにした。子供は語学の飲み込みが大人のそれとは桁違いだ。


 子供達がこちらの言葉を憶えてくれる方が早いので、もしかすると近いうちに私の黒板の出番はなくなるかもしれない。


 手習いの成果を嬉しそうに母親に見せる子供達と別れ、午後からはイザークと一緒にフェルディナンド様が持ってきてくれた情報と、これからの作戦を擦り合わせようと思っていたのだが、その矢先に「今日は朝からずっと妙な表情をしていますね」と突っ込まれた。


 思わず詳細をまとめた手許の資料から視線を上げれば、向かいに座ったイザークが小首を傾げてこちらを見ている。


「子供達の授業中にも感じましたが、貴方らしくもない聞き直しが目立ちます。心配事は深夜の来訪者の件ですか」


「はい……?」


「昨夜は寒かったので温かい飲み物を淹れに起きたんですよ。ついでに起きているだろう貴方にも持っていこうかと思ったら、室内から話し声がしたので」


「それで立ち聞きしていた、と」


 ジト目でそう聞き返せば、イザークは無表情に「人聞きが悪いですね」と言った。いや実際盗み聞きは行儀が悪いだろうし、何なら彼は否定もしていない。明らかに全部聞いてたな。そういうとこだぞ君。


「いまは大事な時だ。予定が狂うのが嫌だったので致し方なくです」


 全体的に涼しいカラーリングの人間の冷ややかな台詞はなかなか心にくる。圧倒的ブリザード感。しかし彼の言い分ももっともなので言い返すこともできず、悔しい気分を飲み込んでフェルディナンド様とのやり取りを思い出す。


『こんな忙しいときに何言ってんだって感じだよねー。ただ何でかいましかないなって思って。以前も言ったと思うけど、あのときだって途中で誤魔化しちゃったけどさ、ちゃんと本気だったよ』


 そう言って鼻の頭を掻くフェルディナンド様に返す言葉を思い付かず、ただただ驚きで目を丸くして口をつぐんでしまった。かといってそんな私を見た彼は動揺するでもなく、前髪のガラスビーズを弄りながら――、


『あ、でもいますぐ“ごめんなさい”は止めてね。悪いんだけどこの件が片付くまでは保留にしといてくれない?』


 ――と言ってくれたけど、フェルディナンド様くらい魅力的なら、他にもっと相応しいお相手がいるのに謎でしかない。


 でもあの後すぐ何事もなかったように本筋の話題に戻ったから、あれはよもや私の恥ずかしい聞き間違えだったのかと思っていたのに……いまここに頼んでもいない証人が現れてしまった。


「だったら盗み聞きしていた件は許しますので、代わりに脚本家の貴男に質問させて下さい」


「このままだと今後の予定に差し支えそうですし、ボクが答えられる範囲で良いのでしたらどうぞ」


 鷹揚極まる態度で先を促されたことに思うところがないわけではないが、ここは教えを乞う身だ。内心盗み聞きしといて態度がでかいだろうとは思うけど、なるべく下手に出ようと己を律する。円満な職場環境を守りたい。


「恥ずかしながらこういったことには非常に疎い身でして。ああいった台詞は親愛とどう区別できるものでしょうか。つまりちょっとした勘違いだとか、一時の吊り橋効果的な気の迷い的なことはあり得ませんか?」


「現実だとあるのかもしれませんが、人生を舞台に置き換えるとしたら、舞台は限られた時間の中で行われます。だとすればふざけている時間などありません。観客はそう言った下らない時間の使い方は好まない。席を立たれたくなければ無駄な演出は削ぎ落とすでしょうね」


 至極尤もなご意見だ。とりつく島もない。でも同時に納得もしてしまう。本職の手によって恋愛弱者な私の退路が完全に絶たれたことで思わず唸るが、イザークはさらに言葉の矢を射ってきた。


「一つだけ忠告をするとしたら、貴方は極身近な物事にもっと目を向けると良いでしょう。さぁ、これで貴方の質問には答えましたね? ここからはさっさと話を詰めていきますよ」


 イザークはそう言うと、きっと劇場の稽古でもそうしていたのだろう。パンッと手拍子を一つ。熱を持たないガラス玉のようなその双眸を私がさっき手渡した資料に向けた。


 そこにはフェルディナンド様から聞いた情報として、一度フランツ様の教育係の任を解かれたホーエンベルク様率いる騎士団と、各領地の私兵を率いた王家派の貴族達が飛び地に向かって兵士を向かわせたとある。名目上は王家に対する反逆者とその協力者の捕縛。


 ただしこれはあくまでもランベルク公と手を組んだ相手国側への威嚇だ。兵士を寄越されたことで向こうの動きが止まるなら、まだそこまで大事にはならないだろう。しかし問題は向こう側がランベルク公を匿い、こちらと一戦交える動きを見せた時だ。


 向こうの国は恐らく今回の件にそこまで多く自国の兵士を出したがらない。狙うは棚ぼた程度の気だろう。だとしたら使われる戦力はイザークと私も居場所を知らないリベルカ人の男性達だ。そこにはきっとロロさんの夫で、ユニの父親である人物もいる。


 遊戯盤の上とは違い本物の血が流れてしまう。私は教え子に血が流れる自国の歴史を見てほしくない。たとえそれがただのエゴだとしても、前世からのあの子の先生ですから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ