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*13* ただ待つのも何なので。  

※昨日の深夜書きかけのものを投稿してしまったので、

 半分は内容がほぼ同じです。すみません(´・ω・`;)


 サイズがやや大きい夜着から動きやすい下働き用のワンピースに身を包み、鏡台の前に座って地の赤が浮き上がってきた髪を引っ詰めてもらえば、ここでの私の正装は完成だ。


 首を左右に傾けて頭皮がひきつれることがないかを確認する私の背後。鏡の中に映るその人は、首から提げた小さな黒板を翳すけれど……当然ながら鏡文字になっていて読めない。


 こちらが振り返る素振りを見せると、彼女はハッとした様子で私の見やすい位置に移動し、再び黒板を翳し直してくれた。黒板にはリベルカ語で【ご不満な点はございませんか?】と綴られている。


 ちなみに黒板はイザークが『言葉が通じないと面倒でしょう』と用意してくれた。変なところで律儀な人だ。言葉が通じるのに意思の疎通が難しい稀有な例。


 やせ形で小柄な彼女はユニの母親でロロさんと言う。ここにいる間に私の身の回りを世話してくれることになった女性だ。五日前に毒草園で私のつたない手紙を読んで泣き出した彼女は、息子のユニの無事を確認した瞬間からそれはそれは尽くしてくれて、心苦しいほどお世話を焼いてくれる。


 室内で身支度を整えられている間は両手の自由がないので、首の上下左右の動きと表情だけで意思の疎通をはかるしかない。不満はないので微笑んで一つ頷けば、彼女は黒板の文字を一度消し、今度は【今朝もバルコニーに出ますか?】と書き込んでくれた。これにも頷く。


 後ろ手に拘束されたままの私の肘の辺りを支え、バルコニーに出してくれる彼女に頭を下げてお礼を述べ、ちょっと態度が悪く見えてしまうのが難点だけれど、顎で部屋のドアを指し示して見張ってくれるように頼んだ。


 彼女は頷くとそのままドアの方へと向かい、バルコニーには私だけになる。そこで立ち尽くすこと少し。視界の端で何かが一瞬だけ光った。


 転ばないよう重心に気を付けながら光った方向に身体を向け、口を開く。声を出さないでパクパクやる姿はきっと餌をねだる金魚のようだろう。はっきり言って羞恥心が酷い。真顔で何をやってるんだとか正気になっては駄目だ。


 虚しく空気をパクつくこと十五分ほど。ようやく口を閉ざした私の視界の中でまたキラッと何かが光る。若い娘から情報を引き出すだけ引き出して去っていく奴等の存在を思い出したのは、アグネス様と別れてから二日目の深夜だった。


 バルコニーの方から人の気配を感じて。だけど後ろ手に拘束された状態で転がされていた私は、あのとき本気で死を覚悟したのに――。


 真っ暗な室内の闇にその存在を同化させた相手は一言も喋らずに、私のくるまっていた寝具の隙間に何かをねじ込んで去っていき、早朝文字が読める時間になるまで悶々としていた私が見たものは、箇条書きの手紙(?)だった。


 一つにアグネス様が無事に新しい宿に泊まっていること。

 二つに彼女が手紙と荷物を王都に送ったこと。

 三つに彼女の子供に対する警戒心の低さが酷いこと。

 四つに子供のスリから彼女の財布を取り戻すことが面倒なこと。

 五つに友人を名乗るならしっかり躾ておけという私への苦情。

 

 どう考えても五つ目は言いがかりではないかと思ったものの、それよりも【影】に世話を焼かせる親友の天然ぶりに感動が勝った。結果的に【影()】はアグネス様の安全を守っている代わりに、私に自分達が入り込めない場所での出来事を報告するように求めてきた。


 当然私はその申し出を飲んだ。絶対に不可侵だと思っていた両者が、利害のために手を組んだ瞬間である。


 むしろあのときまで完全に頭数に入れられない存在だからと、すっかり忘れ去っていた自分が信じられない。教え子の屋敷で啖呵を切ったくせに恥ずかしすぎて、穴があったらセルフで埋まりたい気分だ――と。


 ドアの方からロロさんが合図をしてくれたので、慌てず騒がずゆっくりとバルコニーから室内へ戻った。


 その後は朝食の乗ったワゴンを押してきたイザークと私達の三人で食事をし、この五日でお馴染みとなった日課のために部屋を出る。向かう先は毒の園だ。


***


 目の前に一列に並んだ女性と子供達を順繰りに眺めていると、無事に点呼確認が取れたのか、ロロさんが列を離れてこちらに歩み寄ってきた。


【ルイズ様、全員揃いました。本日もご指導のほどよろしくお願い致します】


 黒板にそう文字を書いて見せてくれたロロさんに頷き返し、私も逃走を阻む目的にしては華奢な腰紐の着用と引き換えに自由を許された両手で、首からかけた黒板に文字を書く。


 カツコツとチョークが黒板の上を走る間、誰も一言も口をきかない。成り行きとはいえ彼女の息子を助けたということで、周囲の女性達からもそう悪感情を持たれずに接してもらっていた。

 

【ありがとう、ロロ。皆、今日は悪い苗抜いて、水抜く道用に、筋作るます】


 リベルカ語もだいぶ読めるようにはなったものの、まだ文法が怪しい。会話については勉強の時間が取れないのでお手上げ。それでもこちらの指示に力強く頷いてくれる彼女等の瞳は、王都に置いてきた教え子を彷彿とさせた。


 五日前に朝食後に訪れた毒の園は以外にも美しく整えられていて、それと知らなければ普通の庭園と代わりなく見え……たわけがない。元々があまり田畑を耕すことに不向きな民族性も相まって、毒草園はジャングルの体をなしていた。


 収穫できれば良いというのがありありと分かるくらいに草丈は揃わず、畝もなければ畔もない。畑と言うよりは耕した土に直接種をばら蒔いて生えるに任せたせいで、時折排水が不十分な泥濘に足を取られてそのたびに作業の手が止まる。


 休まされる部屋は牢屋かと見紛う石造りの床と壁の大部屋で、数十人がすし詰め状態。疲れは蓄積。翌日はまた早朝から畑。


 しかもここまでへの道のりは、墓地の中にある墓石の下に掘られた地下道を通ってくるのだ。上ったり下りたり曲がったりをくりかえす。


 体感だけど一時間半ほどの道のりは、国境を越えている距離。たぶん飛び地の端っこに位置していると思われる。私が【影】に与える情報はこういったことがほとんどだ。


 病気で寝込んでも医者を呼んではくれない環境下、体力のない女子供で行う作業にこの非効率さはあり得なかった。けれどこの最悪な環境は、ある一点においては最高の環境でもある。


 それを理解しているからこそ、あの根性悪なミドルは長年この環境を効率的に正したりはしなかったのだろう。


 道具を手に畑の方へと向かう彼女達の背中を見ていたら、不意に腰紐を緩く引かれて。振り返れば感情のないアイスブルーの双眸とぶつかった。


「普通に声をかけて下さい。本当に罪人の気分になります」


「これは失礼。しかし貴方はここに麻薬の収穫高を上げに来たんですか?」


「まさか。私は貴男の共犯者として捕まるのはごめん被ります」


「ですがこれでは誰がどう見ても貴方が現場監督ですよ」


 表情は一切動かさないくせにヤレヤレと言わんばかりに肩を竦める仕草が、地味にイラッとくる。顔が整っているからより一層腹が立つのは何故なんだ。


「私は彼女達に無駄な体力を使わせたくないだけですわ。現状に不満を持てないのは、極端な疲れから蓄積される慣れと諦めによるものです。自分でものを考えて立ち上がるには“おかしい”と思わせる体力と気力が必要になります」


 振り向いたままの姿だと疲れるので会話を続けながら近付けば、最初から弛んでいた腰紐がさらに弛んで地面についた。けれど裏拳を放てば当たる距離に並んだ私を見ても、彼は一切身構えることもなく気怠そうに突っ立っている。


「体力と気力と反骨心。それを彼女達に持たせてどうするつもりです?」


「勿論考えてもらうのですよ。ここから無事に出られたとして、急に放り出される自由な世界に戸惑わないよう、自分達の未来を」


「未来をですか。大変そうだ」


「他人事みたいに言ってないで貴男も考えるんですよ? 父親を殺害したあとの未来を。逃走経路や路銀、世間の関心とほとぼりが冷めたらどうするのかとか。主にそういった未来を」


「考えたところで無駄では? 上級貴族殺しを犯せば、絞首刑か斬首刑になる未来しかありません」


「困りましたね。妹と義弟が貴男の才能を欲しがっているのに」


「変わり者の身内は皆さん変わり者になるのですね」


 肉親殺しの話をしているのに淡々と話かけてくるので、こちらもそれにならって淡々と返す。


 平和な前世だと考えられない会話内容だけど、むしろ特に胸の痛む間柄でもない悪人の死を忌避したり同情できる人間は、前世でもそんなに多くないんじゃないかと思う。従って私はまだ正常だ。たぶん。


 掴みどころのない彼を前にして溜息をつけば、ロロさん達が振るう鍬と鎌が奏でるリズムと子供達の声の活気が届いて。秋空から冬空に向かう毒の園を異国の言葉が駆け巡る。

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― 新着の感想 ―
[良い点] アグネスちゃん……(爆笑)
[一言] 200話おめでとうございます♪ やっと追いつけた! ふふふ、アグネスさま(笑) 振りまわすなんて素敵です(*´∇`*) 続きが気になります!
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