*8* とある昼下がり、リターン。
「イザーク様から頂いたこの見取り図がまだどの程度あてになるかは分かりませんが、大きな地下道などはすぐに埋め立てられるようなものでもないでしょうし、おそらく現存しているものと仮定して大丈夫だと思うのです」
「分かった。しかしこの街道沿いの道は使わない方が無難だろう。この当時と違って見張りが配置されていると考えた方が良い」
「あー、あの辺かー。数年前までは普通に絵を描くのに通してくれたんだけどね。そういえば最近は行ってないなー」
「でもあの地域の流通が止まっているという話やキナ臭い噂も聞きませんし、少なくとも商人達や旅人は以前までと変わらず移動できているようですわね~?」
「だったらそういう人材ならあんまり警戒されないってことかも。実際絵描きなんてオレみたいにヒョロイ奴が多いからさー、目をつけられたりしたらあっという間に捕まるもん」
王城の庭園内にある広めの四阿にて額を寄せ合い、石造りのテーブルにイザークからもらった手書きの簡素な地図と、きちんと測量されて国の許可印が捺された地図を並べて議論をしているのは、ランベルク領への潜入経路調査だ。
――と、少し離れた場所でワッと声が上がった。BGM代わりにしては少し大きい声に、四人で顔を見合わせて思わず苦笑する。
「この手持ちの【勧誘☆1】と【噂話☆3】を組めば……【派閥☆1】を作った功績ですから――と。兄上、これで私の方が一足先に【スティルーム・メイド】に出世ですね。さっき手に入れられたカードをもらっても良いですか?」
「ぐっ……お前という奴は本当に嫌な手を使う……! 毎回いちいち人の陣営を掻き乱してくるな!」
「お言葉ですが兄上、これはそういう遊びではないですか」
「くそっ、分かっている!」
眉間に深い皺を刻み、悪態をついて“装飾品”カードから【可愛いハンカチ☆2】のカードをフランツ様へと差し出すマキシム様と、それを受け取り手持ちの“行動”カードから【噂話☆4】を捨てるフランツ様。
十日前の出来事から空元気気味の教え子を元気付ける方法を考え、構想と製作に四日という突貫製作したのがあの遊戯盤(まだただの紙製)だ。ついでにライバル心を燃やされているマキシム様を添えてみたら意外と上手くいった。
本当は五国戦記を観に連れて行ってあげたいところだけれど、まだ毎日満員御礼なので、防犯上の理由から連れて行くことができないからの苦肉の策だ。
「もー……だから先に噂話のカードを消費して、周囲のメイドを勧誘で仲間に引き入れた方が良いって言ったじゃない」
しかしマリアンナ様の言う通り、マキシム様の手持ちのカードには【勧誘☆4】があったはずだ。明らかに手札の切りどころを見誤ったのだろう。
「ふふふ、マキシム様は本当に駆け引きができませんね。少しは周囲の声に耳を傾けた方がよろしいですわよ?」
「わたしもローラに賛成。結婚しても妻の言葉に耳を貸さない夫なんて嫌だもの」
「アウローラ嬢達の言う通りですよ兄上。取り巻きの精査くらいできなくては」
「なっ……遊戯盤でどこまで話を膨らませるつもりだお前達は!」
この新しい遊戯盤は完全に情報戦特化型だから、兵士や城壁なんかの振り分けがないぶん楽だろうと思ったんだけど……そうでもないらしい。
ちなみに一番最初は【ハウス・メイド☆1】からのスタートだ。☆の上限数は5まであり、上限値まで成長したら別のメイドになれる。マスにはメイドの心得や、掃除の手順、季節ごとの食材の見分け方、他家や雇い主の情報収集などの記載があり、その時々で手持ちのカードの中から解決方法を選択する。
最上位は勿論【ハウスキーパー】だ。一番早く出世したら勝ちという単純明快なゲーム。男性向けの五国戦記のような国盗りゲームに比べて平和に見えるが、女性向けの地に足ついた立身出世教育遊戯盤としてはそれなりに使えると思う。
しかしこのゲームはどちらかというと市場ではなく、教会に配布することを視野に入れている。貴族は慈善活動として教会に寄付を行うから、運良くそこで誰かの目に留まればあるいは……ね。個人的に地に足の着いた野心家は好き。
そんな少しいままでのものとは勝手の違う遊戯盤を前にああでもない、こうでもないと試行錯誤している姿は微笑ましい。城内でこんなことをしていられるのも、ひとえに【影】がもたらしてくれる“敵対勢力登城日程表”のおかげである。
「うーん……意外とあの新しい遊戯盤のルールに早く馴染んで下さいましたね」
「だね。でもこういう時間って何か久しぶりだけどさー、オレはお姫様の面倒しか見たことないはずなのに、何かどの子も面倒見たような気がしてくるのって不思議な感覚だわ」
「別に変でもないだろう。ベルタ嬢が試作品を作って、それを完成形として仕上げたのはお前だ。いままであの子等が遊んだ遊戯盤には全部お前が関わっているのだから、お前の教え子でも間違いではないぞ」
「奇遇ですわね~、ホーエンベルク様。わたしもそう思いましたわ~。ここはもう、わたし達は全員同期の家庭教師ということでどうでしょう?」
そう言って名案とばかりに手を叩くアグネス様の髪には、以前フェルディナンド様にお揃いで作ってもらった簪が揺れている。
それを見ながら自分も今日つけて来れば良かったなと思っていたら、フェルディナンド様が前髪の琥珀と橙のガラスビーズを弄りながら眉間に皺を寄せた。
「えー? 他人の子供の面倒見るのとか面倒だし嫌だね。オレはいままで通り絵描きで良いよー。絵描貴族」
「お前という奴は――……上手く言ったとでも思ってるのか。お前の本業は次期領主だぞ。たまには領地経営の勉強をしているんだろうな?」
「うげえぇ、ヤブヘビじゃん。助けてアグネス嬢、ベルタ先生ー」
泣き真似をしてアグネス様の背中に隠れるフェルディナンド様と、驚くアグネス様と、呆れるホーエンベルク様。教師陣の悪ふざけに今度は教え子達の視線がこちらを向いて。秋晴れの麗らかな庭園内に、平和と不穏が交差する。




