*6* カタギなんです。
教え子の誕生日に起こった賊の襲撃から三日間、夫妻は屋敷の地下牢に入れて逃走できないよう見張りを置かれた。夫妻の身の回りの世話をしていた使用人達も別の牢に入れられ、屋敷を取り仕切る上級使用人が実質不在に。
突然のことに屋敷の他の使用人達は戸惑いながらも、主人を拘束するように命じた末娘の判断に意を唱えることはなく、粛々と仕事をこなしていった。
教え子は王城からの沙汰を待つ間に一度だけ一人で両親に面会したものの、暗い表情で戻ってきて、ベッドに押し込められた私の枕元で『言い訳ばかりでお話になりませんでした』とポツリ。
手を伸ばして物憂げなその頬を濡らすものを指先で拭えば、ほんの少しだけ笑みを浮かべて『わたくしには先生がいるから、大丈夫です』と言った。
事件から二日後には城から怖そうな人達が派遣されてきたけれど、被害者であり当時の状況を詳しく話すことができる私達は当然留め置かれる羽目に。
その間マリアンナ様は教え子の傍を離れず、師であるアグネス様も私の傍を離れずに、調書をとりに来た城の人間が精神的、身体的な無理を強いてこないよう防波堤になってくれた。
私の怪我は唇横に反撃を受けた際の切傷、蹴りあげられた横腹に軽い鬱血、左手の二の腕と踵に割れた瓶の破片がかすってできた切傷、打身が数ヶ所、幸い鼻は骨折していなかったものの、自分としてはなかなか健闘した方だと思う。
しかし我が家の男性陣はそうは思わなかったようで……。
父は【影】からの報告を受け取るや怒り狂ってガンガルを派遣してきて、領地から徒歩一日半という驚異的な移動速度でコーゼル領に到着した彼は、屋敷の地下牢に繋がれていた賊の両手足の指を残らず砕いて、両者から右手の小指を一本ずつ、計二本を拝借。
調書を取るから命は取るなと言ったけど……うん、いや、口はきけるからいいけど。よそのお宅で躊躇せず拷問するとは思わなかったわ。おまけに賊への拷問を終えたガンガルは、侯爵夫妻を拘束している応接室に侵入し、拝借した小指をそっと二人の前に置いて。
『お嬢が、お前達は痛めつけちゃ駄目って言った。これも、本当は耳か鼻が良かったけど、頭に近いところ削ると、口がきけなくなる奴、いるから。お前達の爪、剥がすのも駄目なの、つまらない』
――と、超ストレートな脅しをかけたそうだ。
私はガンガルへ最低限の注意をしたあと、アグネス様の施してくれたエキセントリックな手当てのショックで疲れて眠っていたので、そのときのマフィア的なやり取りは見ていなかったのだけれど。次から“お嬢”呼びに変な説得力がつくなとか思ってしまった。
でもまぁ、次から軽々しく余計なことをしてこようとする輩は減るだろう。人体は髪と爪と乳歯以外は一度欠けると戻ってこないからね。でも、一番の問題はそこじゃない。
「ううう、アンナの挨拶がある初日公演を見逃すなんて……一生の不覚だわ」
そう口にはしつつも、すでに五国戦記の六日目公演が終了した劇場の舞台裏にある楽屋の鏡台に突っ伏し、項垂れる。今日の公演も観られなかった。絶望。
そんな領主の長女のみっともない姿を見せるわけにはいかないということで、本日の公演を終えた現在は、気を利かせたヨーゼフが劇場の方で明日の稽古という名目を借りて人払いをしてくれていた。
「お姉さま、問題はそこじゃないのよ。まだ屋敷で寝てないと駄目でしょう?」
「私にとってはそこなの。アンナの五国戦記の舞台は、何があっても絶対初日公演に立ち会いたかったのに……。怪我だってもうほとんど治っているわ。皆が心配性過ぎるのよ。こうなったらもう一日でも早く公演を観に来たかったの」
それを愛の重い使用人達に阻まれたのだ。ガンガルを連れていくから平気だって言ったのに! シーツを使って取り押さえてくるとか酷すぎる。使用人達にとって私は猛獣か何かなのか?
この荒ぶる欲求は、幼稚園や小学校の低学年時に必死に見に行こうとする親心のようなものに近いのだ。段々場慣れしていく前の初々しい姿は、初めてお遊戯に挑む子供の勇姿と同義。ビデオカメラがないこの世界で、初日公演は初日にしか観られないんだぞ!?
「あのねぇ……お姉さま。昨日傷だらけで帰って来たばっかりの令嬢が出歩くのを許す使用人なんて、どこのお屋敷を探したっていないわよ? その証拠にアグネス様もローラもマリアンナ様も来ていないわ」
確かに妹の言う通りアグネス様は王都のお屋敷に、マリアンナ様と教え子は現在王城で身柄を保護されている。けれどそれだって本人達の同意があってかどうかは怪しいものだ。
「来ようとしたけど阻まれただけだわ、きっと」
「もー……そうだとしても、今日ここに来ていないでしょ?」
いつもと立場が逆転している妹の言葉にそれでも私がウジウジしていると、そんな私達のやり取りを横から見ていたガンガルが口を開いた。
「お嬢襲った奴等、死んでたらチョウショ? いらなかった。公演初日、間に合ってたよ。許せないなら、オレ、いまからでも城にいって、仕留めてくる?」
その言葉を聞いて「事件後の今日だと足がつくでしょう」という冷静な突っ込みを入れる妹。前世で言うところのアレなご職業の方達の【海に棄てて】と同義の解決法なのに、止めるポイントはそこなのね。
二人の物騒なやり取りを聞きながら思わずフフッと笑っていたら、楽屋裏のドアがノックされた。無造作に短剣を手にしたガンガルがドアを開けると、そこには見知った人物が――。
「ほら、やっぱりこちらにいらしたでしょう~?」
「うわー……ほんとだ。普通この状況で出かける?」
「道理で屋敷の使用人達が言いにくそうにしていたわけだな……」
そんな風に口々に勝手なことを言いながらも、私という人間を良く理解してくれている友人達が苦笑と共に立っていた。




