*4* 空・気・読・め・よ!
※今回少し流血シーンがあります。
苦手な方はご注意下さい(uωu*)<次の話から読んでね。
「ふふふ、あんなに十二時まで起きてるんだってはしゃいでいらしたのに、二人とも眠ってしまいましたね~」
「こうしているとまだまだあどけない寝顔ですね。それに二人で私のカツラを熱心にほどいてくれたから、きっとそれで疲れたのでしょう」
私達の視線の先には天使の寝顔で身を寄せあって眠る教え子達。その姿に手にしたワイングラスへ唇を寄せて笑うアグネス様にそう答えると、彼女は「それもそうですわね~」とまた笑った。
パーティー中からすでに結構飲んでいたせいか、流石に目の縁がほんのり赤く染まっている。ランプの灯りを絞って薄明かるい室内で、フワフワした彼女はちょっと色っぽい。
ちなみに私は元雇い主の屋敷で失態を晒す勇気はないため、お付き合い程度に飲んでいる。
ガーデンパーティーがお開きになった後、アグネス様と街で同じ宿に部屋を借りようと話していたらコーゼル夫妻に勧められ、こうしてアグネス様とマリアンナ様と一緒にお屋敷の客室を貸してもらえることになったのだ。
ちなみに私に付き添って来ていたメイドと、アグネス様達に付き添って来たメイド達は、街の宿に部屋を借りている。きっと今頃は羽を伸ばしていることだろう。
「あの編み込み……わたしは早々に諦めてしまいましてけど、ほどいてしまうには芸術的すぎましたわ~」
「ですが明日の朝まであの髪型で残しておくわけにもいきませんし。この屋敷の使用人に頼むとバレてしまいますから」
「分かっていても勿体ないですもの~」
アグネス様から目一杯お褒めに与ったカツラは、合計二十八本の細かい三つ編みをほどかれ、丁寧にぬるま湯で拭き清められた後、細かく波立った髪が緩いカーブを描く程度になるまでブラッシングをされていた。
そうしてその仕上げとばかりに太い三つ編み一本に纏めてくれた直後に、教え子とマリアンナ様は寝落ちたわけだ。女の子って小さいうちからお人形の髪を梳かしたりして遊ぶから、こういうときに凄い能力を見せてくれる。
「ね、ベルタ様。せっかくこうして久しぶりに二人きりになれたのですから、女子らしい話題で盛り上がりませんか~?」
「良いですね。ではどんなお話を――、」
「深夜、年頃の娘二人、お酒が入ったこの状況はズバリ。恋バナ一択ですわ~」
“しましょうか?”と言いかけていたのに、何ということでしょう。端から話題は決まっていたらしい。しかも私が最も苦手とする分野のものでした。
受け答え間違えて失望されたらどうしようと凍りつく私を見つめる彼女は、どこか面白がるような気配を纏っている。
――いや、だが待てよ。そもそもこの手の話は何となく彼女とするのを避けていたのに、彼女の方から振ってくるということは、それすなわち相談したいということだろうか? し、親友として頼られている? だったら俄然乗る。
「こ、恋バナですね、分かりました。ではまず根本的な質問なのですが、好意と恋心の見分け方や、恋に落ちる過程というのはあるのでしょうか? その場合の兆候など教えて頂きたいのですけれど」
「まぁ、そんなに固くお考えにならないで下さいなベルタ様。ですが、そうですわね……そのことでしたら、わたしでもお答えできますわ~。その方のことを考える自分を客観視して面倒くさいと思ったら、それはもう恋です」
一瞬チラリとホーエンベルク様の顔が頭を掠めかけたものの、慌てて自分のことを考えている場合ではないと首を振る。このあれはそういうのじゃない。違う。慣れていないから勘違いしているだけだ。
「そう、なのですね。参考になりますわ。ですがアグネス様……その、もう少し踏み込んだ質問をしても?」
「ベルタ様なら何でもどうぞ~」
ニコニコと微笑みながらさらにワインを注ぎ直す彼女を前に喉が鳴った。これを聞いてしまったら何がとは言わないけれど、後戻りができない気がする。でも信頼して相談してくれているのなら、聞きたい。
意を決する前に渇いた喉を潤すためにいざワインをチビリと舐める。
「もしかして、アグネス様には、誰か想わ――……、」
けれどそのとき部屋の大窓の外、バルコニーから微かに何かが動く気配を感じた。咄嗟にベッドの上にあったカツラを手にし、普段はかぶらないナイトキャップの下にある地毛を乱暴に纏めて、カツラごとナイトキャップに押し込んだ。
言葉を途中で切った私にトロンとした表情を向けていた彼女も、ワイングラスをテーブルに戻し、教え子達にリネンをかぶせるふりをしながらこちらを窺う。
私は彼女の行動に「ありがとう」と言いつつ、そちらににじり寄るフリをして、枕の下に隠しておいた短剣と“特殊な縒りで、こんなに細いのにとっても丈夫!”が売り文句の縄を取り出し、夜着の裾の中に隠した。
「あら、もうこんな時間だったんですね。そろそろ休みましょうか」
「はい。わたしも飲み過ぎてしまいましたし、続きはまた明日にでも~」
そう言うや彼女は教え子二人を抱き込むように横になり、私もランプの火を落としてベッドに潜り込んだ。それから体感で三十分ほど。バルコニーの大窓の金具が外される極小さな金属音がして、何者かが部屋に侵入してきた。
――数は、たぶん二人。
ベッドの中で身を丸めながら短剣を鞘から抜く。この部屋は二階。相手はこちらに害をなす存在で間違いない。だったら、手加減は――いらんな?
ギリギリ相手の気配が射程圏内に入ったところでリネンを跳ね上げ、侵入者達にぶつける。躱し損ねた侵入者に振り払われる前に飛び起き、手近な方に逆手に持った抜き身の短剣を体重を乗せて突き立てた。筋肉を断つように捻り抜く。
短い悲鳴。滑る柄を握り直して引き抜き、リネンを身体に巻き付けるように反転してもう一人の足を狙って蹴りを放つも、確実な当たりを逃す。仕方なくさらに身体を捻って相手の胴がある辺りを肘で打つと、今度は手応えを感じた。
「せん――……っ!!」
暗闇の中で上がりかけた少女の悲痛な声は、すぐに遮られた。アグネス様、良い仕事です!
低い呻き。そのまま体重をかけた体当たりに転じ、床に転げた相手の上から短剣を突き立てた――が、この感触は腕か? 骨の感触。刺さりが浅い。相手に蹴り上げられて受け身を取る。リネンのおかげで衝撃はややマシ。
けどテーブルにぶつかったらしく、瓶とグラスの割れる音が響き渡った。
相手の気配がその音に微かに揺らぐ。しめた。低い姿勢のまま鞘をくくりつけた縄を床に滑らし、立ち上がった相手の足を取る。空ぶった……が、軽く足をひっかけただけでも重畳!
床を蹴って渾身の体当たりをかけ様に相手の身体がありそうな場所を、手当たり次第に短剣の柄で殴り付ける。途中で抵抗の拳をくらって鼻血が出た。頭キタ。こいつ、マジで許さん。
そこからさらに馬乗りに体勢を直し、情け容赦なく一方的に短剣の柄で殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴――……。
「ベルタ様!! そこまで!!」
そんな声と共に急に辺りが明るくなり、振り上げていた腕を横から掴まれた。殺気だった視線をそちらに向ければ、まったく知らない男性が怯えた様子でこちらを見ている。
「屋敷の方を起こして参りました。教え子達の避難も完了済みです。侵入者もすでに戦意を失っておりますわ~」
こんなときでものんびりした口調のアグネス様に場違いな安心感を憶えつつ、身体の下にいる侵入者を見下ろせば、やたらと頭部っぽい部分が赤く染まった人形のリネン。室内に視線を巡らせれば、血の池に蹲るもう一人の侵入者……と、部屋の隅に転がる赤毛のカツラ。
「……侵入者です。この縄で拘束して下さい。それから、コーゼル侯爵に面会を」
掴まれていない方の袖口で鼻血を拭ってそう告げると、涙目の、恐らくただの下働きだろう男性はガクガクと大袈裟に頷いてくれて。深夜の女子トークは凄惨な血の臭いで幕を閉じた。




