*23* 今の、ナシで。
「おいベルタ、何を一人で納得してるんだ。説明しろ」
「兄上、他者に意見を求めるならもう少し穏便な尋ね方をしないと。ベルタさんでなければ誤解されますよ。ですが、もしよろしければ何か私達にもできることがあるかもしれませんので、話してみて下さいませんか?」
脳をフル稼働させて仮説を組み立てている途中に声をかけられて我に返る。テーブルに落としていた視線をあげて二人の方を見やれば、急に固まってしまった私を心配そうに見つめていた。
「ああ……いえ、大丈夫ですフランツ様。それから申し訳ありませんマキシム様。明日また同じ質問をして頂いても構いませんか?」
「それは構わんが。どうしていまだと駄目なんだ?」
「うーん……口頭での説明では分かりにくいと思いますので、説明の際に遊戯盤をお借りしたいのです。新旧二作ご用意頂けると助かりますわ」
「そういうことなら分かりました。遊戯盤は夜に兄上と嗜むのでどちらも私の部屋にあるんです。明日ここにお持ちしますよ」
「では一旦そういうことで、この話はここまでに致しましょう。この件は持ち帰ってしっかり説明できるよう纏めておきます。さぁ、それでは本題の授業に入りましょうか。いったいどこまで進んでいるのか楽しみですわ」
区切りをはっきりさせるためにパンッと手を打ち鳴らすと、二人はやや慌ただしくも素直に教材とノートを開く。その様子にこちらも病床(過労)のアグネス様の代理として、家庭教師の顔になる。思った通り彼女の授業の進め方は理想的で、二人の理解も早い。
サクサクと授業を進めつつ、途中でマキシム様の休憩を挟もうとオセロ擬きをしていると、フランツ様がソワソワとしていたので結局三人で順番に遊んだ。
それでも割と余裕で本日中に進めておくチェックの入った頁まで授業を済ませ、午後のお茶の時間になったものの、教え子とマリアンナ様は休んでいた間の授業が圧しているということで、アフタヌーンティーは王子二人と私だけになってしまった。成程……だから今日ここに遊戯盤がなかったらしい。
それからまた少し授業を進め、五時には帰りの馬車に乗り込んだ。ちなみに私が帰る時間になっても教え子とマリアンナ様はまだ拘束中。代理期間中に頑張っているご褒美を何か考えてあげよう。
明日からしばらくは朝アグネス様を訪ねてから登城するとして、いまは屋敷につくまで一人の時間を有効に使うべきだ。
「はあぁー……しかし今度もまた面倒な感じに展開してるな。日記帳がセーブポイントじゃなくてただの日記帳なのが恨めしいわ」
思わずそうぼやいてみたけど……うん、あれだ。たとえセーブしていたところで一度もハッピーエンドでクリアしたことのないヘボプレイヤーでしたね。
この世界の大元であるゲームは育成系の中でも変わり種。かなり教育の内容に割り振る部分も多かった。だとしたら前世の世界史に載っていたような歴史の動きもあるに違いない。
問題は同じようなことが国を変えてあることなんだけど……モデルになった歴史的事案がどこかということだ。考えられる国の候補だけでも複数あるし。事実は小説より奇なり。
それにここまでの分岐までに他の伏線だってあるはずだ。たぶん第二王子の隣国への遊学も伏線の一つだったのではと思う。てっきり最初から隣国に行くのかと思っていたけど、一定のシナリオまでに必要だった教え子のパラメーターの能力値振り分けが違ったのかもしれない。
そう考えればいまの状況も教え子が他国に逃げたルートの伏線だと思う。となればその分岐の攻略キャラクターが現れるんだろう。あくまでもそのルートに入るまで上手くプレイできていればの話。私が見たことがないのは、失敗して攻略キャラクターが出てこなかったということになる。
あとはゲーム本編でのガンガルの出現ルートの有無。ただの勘ではあるけれどそこにも伏線が潜んでいそうだ。たとえば私の出現までにミドルがたびたび国を空けていたのも怪しい。
「ぐうぅ……疑わしきは罰したい。あのミドル、余計なことばっかりしやがって」
本当にゲームの難易度がエグい。知ってたけど。これで攻略本も攻略サイトもないとか詰んでるわ。決して本職のくせにクリアできなかったことを根に持っているのではない。断じて。
教え子の亡命した先で、たぶん結構前にこの国から亡命した公爵家の誰かと出逢うんだな。で、自分を棄てた母国を滅ぼすと。この仮説が正しかったら確かに教え子は歴史に残る悪女になれるだろう。そのルートだとそれがハッピーエンド。今回はそのルートに入るとバッドエンドだから全力で回避だ。
まぁ……どんなキャラクターだったんだろうとか、ほんの少しだけ気になる。でも今世で出逢っちゃったらゲームオーバーだから我慢。ここまでが俺様系、優等生系、ならあとは影のあるヤンデレ系とか、腹黒歳下系だろう。乙女ゲームはそこまで詳しくないからよく分からないけど。
今後のイザークの動きも気になるし、ここへきてさらに考えることが増えるとか。切実に分身したい。本当にもう切実に。守らないと。守りきらないと。
「……ホーエンベルク様、早く帰ってきて」
咄嗟に零れた弱音に自分でも驚いて口を押さえた。馬の速度に合わせて馬車が揺れる。私の不安な心のように。