*21* ちょっとお話聞かせてくれる?
ひとまず廊下ではなんだからと、図書室の中に入って授業用に用意された席につく。久々の高級な椅子の座り心地に一瞬驚いたけれどすぐに慣れた。向かいに並んで座る王子二人の視線が前よりもやや高いところはまだ慣れるのにもう少しかかりそうだけど。
兄弟はサッと交わした視線でどちらが先に話すかを決めたらしい。先に口を開いたのはマキシム様だった。
「あー……まず、久しぶりだなベルタ。元気そうで何よりだ」
「はい。ご心配頂きましてありがとうございます、マキシム様。しばらくお会いしない間に挨拶がお上手になられましたね。相手のことを気遣う言葉をさらりと入れられたところが素敵です」
「なっ……からかうな。第一それを言うならお前は相変わらず変な女だ。何よりも今日はどうしてここに? アグネス嬢はどうしたんだ?」
おや、ちょっと見ないうちに会話での良いパス回しも習得していたのか。最初の頃と比べたらだいぶ成長したね。偉い偉い。
――ということで、ざっくりと説明をした。疲労で倒れたことは伏せて、暑気あたりかもしれないということにしておく。そうでないと、彼女は私の無茶な要求のせいで倒れたのにこの子達が変に気に病んでも困るし。
「そうか……体調不良か。アグネス嬢の調子はどんな感じだ? 大丈夫なのか?」
「ええ。ですが最低でも一週間は私が彼女の代わりをさせて頂くことになるかと思います」
「心配ですね。あとで城の医官を向かわせましょう」
「ありがとうございます。王城の医官を派遣して下さるなんて心強いですわ」
「なら医官にアグネス嬢の体調を先に伝えておくか。ある程度持っていく薬の種類が絞れた方が無駄がないだろう」
フランツ様と私のやり取りを見ていたマキシム様はそう言うや、勉強のために持ってきていたノートを一枚破りとってペンとインクを用意した。うん……何だろう。これにはちょっと感動した。
原作ゲームだと武力に振り切ってて、我が強くて、自身の認めた人間以外を人間扱いせず、自己中心的で、人の言葉にいちいち懐疑的で……。
元プレイヤー側の私からしたら狭量な暴君になる未来しかなかった彼が、遊戯盤のおかげなのか何なのか分からないけれど、建設的に物事を考えて行動を組み立てていける姿は教育者として嬉しい。しみじみとそう思う。
「少し留守にした間に本当にマキシム様は変わられましたね。物の考え方が優しくなられました。ここ最近の変化を見逃してしまったのが惜しいくらいです」
二人は急に妙なことを言い出した私を見てキョトンとした表情を浮かべる。これも最初の頃と比べると大違い。あのギスギスした空気は見る影もなくて、いまの彼等はただの仲良し兄弟だ。
一を聞けば十を知ることができるフランツ様よりは、不器用で何度も試行錯誤をくり返すマキシム様の方が玉座に座るなら良い気がする。天才肌のフランツ様が王様では完璧すぎてできない人の心が分からないだろう。けれどそんな弟と比較され続けたマキシム様には痛いほど分かるはずだ。
王様は何も全能でなくても良い。
民の話に耳を傾けて聞いてくれれば良い。
政治は人だ。国はそんな人の集合体である。
「マキシム様はきっと将来民に絶賛される賢王に、フランツ様はそんな賢王を支える一番の理解者。そんな未来が来るのはいつになるかまだ分かりませんけれど、楽しみですね」
しかし何故か私の言葉を聞いた二人の表情が固まる。ん? 何だろうか、この奇妙な感じ。別に死亡フラグを立てたわけでもないのに……いや、自信はないけど立ててないはず……だよね?
こちらの窺うような視線に急にギクシャクとしだす王子達。二人の反応は気になったけれど、いまはひとまずアグネス様の容態を伝えて医官をスペンサー家に送り込んでもらう方が先決だ。
そこで二人の様子に突っ込むことは控え、簡潔に今朝の彼女の体温と症状、食欲の有無などについての事柄を口頭で伝えていく。マキシム様は懸命にペンを走らせ、フランツ様はより詳しく知りたい症状についての細かな質問をしてくれる。主にこれまでに摂った食事と量などについてだ。
およそ二十分ほどで医者が書いたカルテのようになったメモを、マキシム様が呼び鈴を鳴らして呼んだ護衛の騎士に預けた。――と、よくよく見ればやって来たのは顔見知りの騎士で、彼は私の存在に驚きつつも「ベルタ様がお戻りになられたと知れば、同僚達も喜びます」と笑ってくれた。
必ず医官に届けると請け負ってくれた彼が部屋を出ていき、残ったのは私を含めた元の三人。かといってこのまま授業に突入できるかと言われれば、答えは否だ。
理由は至極簡単で、向かいの席に座る二人から漂ってくる緊張感を無視できないから。感情をコントロールするのが下手なマキシム様はまだしも、フランツ様までとなると流石に気になる。
黙ってそわそわと視線で会話をする兄弟は、今度はどちらから話し出すか決まらないらしい。こうなってしまっては仕方がないので年功序列かな。聞きたい話題もすでに決めてある。
「そう言えば先程アウローラ様達を別棟にお送りした際、ランベルク公とイザーク様にお会いしたのですが……。特にランベルク公はまだ奥方の喪も明けておりませんわね? そんな彼等が何故この王城に出入りを?」
極々自然な疑問を口にしただけだったのに――……というのは嘘だけれど。こちらの問いに目を見開いた二人を見て、不謹慎ながら内心分かりやすいな~と思わざるを得ない。それくらい露骨に彼等の表情は、生まれも育ちも関係ないただの子供のそれだったから。




