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*18* 結婚式と花束③


「「はい、先生! 受け取って!!」」


 黒い影の援護を受けて戻った教え子達のそんな可愛らしいユニゾンと共に手渡されたのは、紫色のラベンダーと白いカスミソウのブーケ。しかしながら当然のごとく対象物は一個なわけで。


 おまけに私とアグネス様は世間的に見れば、もう結婚を諦めているか興味がないと思われている年齢だ。そんな女性の元に希望の詰まったブーケが来てしまうなど……これは非常にやりづらい。仕込みを疑われても無理がないというか、実質仕込んだようなものだし。


 果たして受け取って良いものかと困惑してアグネス様を見ると、彼女は微笑みを浮かべたまま「せっかくですし、もらってしまいましょう?」と言う。そこで彼女と一緒に手を出してブーケを受け取った瞬間、周囲から拍手が上がった。


 前列にいた女の子達も好意的な表情だ。思っていたような反感を買わなかったことに多少驚きつつも、妹の結婚式が凍りつくようなことは避けられたらしいことにホッとする。


「二人で一個はあれだからさー、ちょっとそれ貸してみ」


 ホーエンベルク様の肩に手をかけつつ、私とアグネス様に向かってそんなことを言い出したフェルディナンド様を、不安そうな表情で見上げるマリアンナ様と教え子。二人の姿を見下ろしたホーエンベルク様は苦笑して「相変わらず説明が足りん奴だな」と言うや、少し身を屈めて小さな淑女達に視線を合わせた。


「エリオットはこういうものを形を損なわずに分けるのが上手い。だから安心して預けてやってくれ」


「そーいうことー。もう式の方もお開きっぽいしここだと分けにくいからさ、先に二次会の用意してる劇場の方に行こうよ」


「確かにもう式の当事者以外が夢を見られる催しは終わりましたし、若い子達と違ってわたし達が日に焼けるとはしたないと嗤われますものね~。こうなったらもう二次会の美味しいものに標的を絞りましょうベルタ様~」


「ケーキとかあると良いわねローラ!」


「もう、マリーったらそればっかりなんだから」


 ――ということで、可愛らしいブーケは今度は男性陣の手に渡った。前に設けられた壇上では妹が出席してくれた女性達に何事か話しかけており、彼女達も嬉しそうに頷いている。フェルディナンド様の言うように、これで一通り式は終わったようだ。前世ではとんと縁のなかった空間だから進行が分かりにくい。


 領地ではちょくちょく目にしたし二次会に誘われもしたけれど、あちらは田舎だから進行よりは楽しさを優先するのだ。まぁ、あれはあれでほっこりして良いものだけれど……と。ブーケを離して自由になった私の手を、教え子の手がギュッと握ってくる。


「先生の今日のドレス姿も、とっても素敵です。きっとあの花束を持てばお姫様にだって見えますわ」


 久々の顔合わせに評価が甘くなりすぎなきらいのある教え子の言葉に、内心“いえ、どっちかと言うとブライダルメイドだと思います”と答えてしまいそうになるが、ここはぐっと我慢。不必要な場面での否定は教育者として避けねば。


 繋いでいた手の指をからめなおして「行きましょう、先生」と言う教え子と共に、先を歩く皆の背中を追いかけた。


 ――、

 ――――、

 ――――――数時間後。


 三時から場所を劇場に移して始まった結婚式の二次会は現在、団員達と一緒になって花婿である義弟とその父親を飲み潰させ、アンナに叱られて項垂れる父を前にそろそろお開きとなりかけていた。奥のテーブルではガンガルが自身のジャムコレクションがお酒に合うのかを調査している。好奇心の鬼だわ。


 我が父はそれなりに酒に強く、私と妹は普通くらい。けれど義弟は……期待を裏切らない弱さだった。あちらのお父様も丸まって眠っていることから、お酒に弱い血筋なのかもしれない。あとで向こうのお母様にも謝らなくては……。


 大してお酒を飲んでいないのに頭の痛い話だ。いくら娘命であるとはいえ、父にも困ったものである。


 呆れながらその様子を見守る私の膝の上には、暑い中ではしゃいでいたこともあるだろうけれど、いつもは頼りになる大人達の醜態とお酒の匂いに当てられた教え子が、それはもう安らかな表情で眠っていた。


 ずっと同じ姿勢で脚が少し痺れているものの、この寝顔を前にしては起こすことも忍びなくてできない。幸いにも今日はこのままうちの屋敷で預かれることになっている。


 ちなみにこういった状況を真っ先に面白がりそうなフェルディナンド様は、アグネス様とマリアンナ様と共に、さきほど二次会のお開きを感じ取って楽屋に保管しておいたブーケを取りに戻ってくれている。


 手先の器用なフェルディナンド様が等分に分けてくれたブーケは、本体を纏めるリボンの部分に、前回彼が言っていた通りアグネス様と私でお揃いの髪留めというか、簪のようなものが挿されていた。


 粒の不揃いな貴石のはめ込まれた簪は、私達の瞳と髪の色をモチーフにしているらしく、どんな装いにつけたとしても合うだろう。


 ――と、楽屋の方からフェルディナンド様達が戻ってくるのが見え、ほぼタイミングを同じくして、表通りに馬車を呼びに行ってくれていたホーエンベルク様が帰ってきた。


「お待たせーって……お姫様ったら良く寝てるね。膝、重かったでしょー?」


「そのままだと花束が持てないだろう。アウローラ嬢は俺が馬車まで運ぶから、貴方はエリオットから花束を受け取ってついてきてくれ」


「せんせ…………わたしも、ねむい」


「あらあら、マリアンナ様もですか? わたし達の馬車はもう少しすれば到着しますので、ちょっとだけ我慢して下さいませね~」


「んー……この眠そうな顔は難しいんじゃない? どっか酔っ払いの寝てない椅子にでも座らせてあげようよ。アンナ嬢達には先に戻ったって伝えとくから。あ、ヴィーは馬車まで二人を送ってったら片付けに戻って来てよねー」


「ああ、分かった。お前も酔っ払いに絡まれて面白がって飲むなよ」


 目の前でくり広げられるそんな気の抜ける温かいやり取りに笑いつつ、ホーエンベルク様の申し出をありがたく受けることにし、痺れる脚を奮い立たせて三人にお礼を言って別れた。


 先に馬車に乗り込んだ私の肩に、教え子をもたれかからせるように降ろしてくれた彼は、ドアを閉めたのち窓の外でふっと淡く微笑んで。


『“次に会える日を楽しみにしている。それまで体調に気を付けて”』


 そう言って動き出した馬車に手を振ってくれる彼の姿を、私は何だか面映ゆい気持ちで見送った。

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