*14* 小鳥は何を囀るか?
六月の日差しがミントグリーンの芝を輝かせ、その上に陰を落とす木々とのコントラストを際立たせる。点在する木陰の下には花弁のようなドレスを纏ったご婦人達が集い、楽しげに笑いながら小鳥のように語り合っていた。
まぁ、その……見かけだけは。
実際は旦那の悪口や新しく流行っているドレスの話、婚約者の身辺調査(主に浮気)や嫁姑問題、あとは誰々が愛人を新しくしたとかそういう話題なので、下手に近付けば毒気に当てられてしまうのだ。
――私、子爵令嬢付きメイド(仮)。
――いま、主の付き添いとしてお茶会に同席中なの。
以前イザークが口にした不吉な予言通り、隣国でアンナの【彼になり損ねた男】に重版がかかって少しした頃、高貴な身分を持つ人物とメイドの心中事件が世間を騒がせた。
しかし“騒がせた”と言っても、主に娯楽方面である。自身の屋敷で雇っていた若いメイドと身分違いの恋の末に……という、テンプレと言っては申し訳ないが、いかにもな内容で。
市民階級の者達にはただの悲恋物語として受け入れられたそれは、貴族社会では少し受け止められ方が違った。それというのもメイドと心中をした人物が、ランベルク公爵の妻の愛人として噂のあった某子爵家の三男だったからだ。その子爵のことは長年夫である公爵も黙認していたという。
公爵とその妻は政略結婚だった。それ自体は貴族としては珍しくもない。家の結び付きを強めるのは貴族の娘の仕事とされているからだ。
ただし、家の結び付きを強める仕事として差し出された娘に身分違いの恋人がいて、どうしても結婚できなかった場合。そしてその無謀な恋を諦めずに済むとの契約を交わして妻となった場合は少し違ってくる。
――結果、公爵の妻は事件があった翌日に自害した。
長年愛した男の裏切りに発狂したのだというのは女性陣の視点であり、城に務める高位貴族男性陣の視点では事態はもっとシビアなものだ。適当な理由をでっち上げて切り捨てられた。それが男性陣の見解であり、私達の見解である。
乗り遅れれば粛清される側になる彼女達の夫は、妻をお茶会に出席させることで拾える情報の恩恵を得ようというのだ。
最近婚約者を探すための社交をことごとく邪魔され、本人も想う人がいるからなのか婚活に熱意を見せなくなったアグネス様も、五国戦記の監修と女性向け遊戯盤の責任者として女性だけのお茶会には引っ張りだこである。
「はぁ、普通に何も知らないなら刺激的な悲恋物として楽しめますけれど、流石にちょっと可哀想になって参りましたわね~」
「そうですね……確かに後味が悪いものはあります」
「でもまぁ、元は夫婦の問題ですもの。遅かれ早かれの問題だったのでしょう。ともあれアンナ様の本に重版がかかった後で良かったですわ~」
「ええ。ただ隣国では重版がかかっていますけれど、こちらではまだ出版して間もないということもございますが、初版の伸びは今回の心中事件であまり良くありませんね」
「うふふふ、そこはこのミステル座の広告塔にお任せあれ。何にせよ今夜の秘密基地での功労賞はきっとわたし達の総取りです。いまから噂の大好きな小鳥さん達が囀るのは別の噂になりますわ~」
庭の端に位置するテーブル脇に控えていた私に密やかに囁き微笑んだ彼女は、くるりと踵を返して賑やかなテーブルへと歩いていく。その後ろ姿を見送りながら、私は侍女として親友として深々と一礼し、秘密基地と口にした彼女の楽しげな表情を思い出してこっそり笑った。
――数時間後。
貴婦人を演じきった私達はお茶会終了後一度スペンサー家に戻り、町娘の格好に着替えて使用人が使う裏口から屋敷を出た。数人の護衛を伴い向かった先は、イザークが偽名を使って用意してくれた空家。
元は小規模な小麦の卸し問屋として使われていたそうだが、数年借り手がつかずに無人だったこともあり多少の埃っぽさはある。けれどそれも日中は割と自由がきく私が掃除をしたおかげで、何とか隠れ家の体裁は整っていた。
アグネス様と二人、スペンサーのお屋敷から持ってきた葡萄ジュースと軽食を先につまみ食いしつつ、商談用に使用されていたのだろう家の規模にしては少し大きめなテーブルに並べていたら、玄関のドアを独特のリズムでノックする音ががらんどうの家に響いて。
玄関に近い位置にいた私が動くよりも早く、テーブルクロスの皺を気にしていたアグネス様がドアに向かう。ほんのりと上気した頬でドアを開いた彼女の横顔は、今日のお茶会でみた少女のように愛らしかった。