*10* 改めまして、メイドです(願)
――舞台後。
マリアンナ様は今日の舞台がかなり響いたらしく、主役の男優に早速購入した小説を持って突進し、これまで全く芽が出なかった彼に「舞台でサインをねだられたのは初めてだ。光栄ですよお嬢さん」とはにかみながら言われ、悶絶していた。何だかひっそりとオジ専疑惑が持ち上がる。
アグネス様はそんな教え子を見て「新しい扉を開いたようですわね~」と、あらあらうふふしていたけどね。
その後お得意様への握手やグッズ販売を終えた団員達は、アンナとヴァルトブルク様に「先に店に行って注文しときますねー!」と声をかけ、私にも「そっちのお嬢さんも良かったらおいでよ」とウインクを残して去っていった。お調子者が多いのはうちの領地の特性かもしれない。
彼等が去ったあとの私に全く興味がないマリアンナ様の相手は、舞台の端に腰かけていたヴァルトブルク様にぶん投げた。彼女の興味は、今日の主役や前作までの主人公達がこのあとどう物語に絡んでいくかであって、私の進退ではないからね。
実際ネタバレをしたときに一番反応が薄かったうえに、私が変装していた理由を単純に父親のせいで王都に舞い戻りにくいからだと思ったようだ。あながち完全に勘違いでもないので、そのまま誤解を解かずに「内緒にして下さいね」と言うだけに留めた。
アグネス様の置かれた状況を耳に入れるのはまだもう少しあとで良い。せめて教え子と一緒にいるときに耳に入れた方が私の気持ち的にも楽だ。女の子は砂糖菓子。苦い陰謀なんて手を伸ばさないで良い。
諸々の件に関して当事者といえなくもないフランツ様は、ちゃんとこちらの話を聞くつもりでしっかり楽屋に残っている。現在楽屋にいるのはホーエンベルク様、アグネス様、フランツ様、アンナ、そして私の計五人。
ぐるりと私の座る椅子を中心に据えた尋問形式に則り、ホーエンベルク様がまだ困惑から抜け出せない表情で「しかしどうしてメイドのふりを?」と至極尤もな質問をしてくる。彼の問いにアンナとサッと目配せを送り合い、用意しておいた脚本通りに口を開いた。
「姉は表向きは父と一緒に謹慎中の身ですから、そう簡単に王都に姿を表すわけにはいきません。ですがそれ以外にも勿論理由はありますわ。そのままの姿で現れれば、相手は絶対にまた姉を狙います。けれどわたし達は姉の協力がなければ動けない。だからこその変装です」
妹が周囲の反応を窺うように見回すと、三人はこくりと頷いて同意を示す。ここまでは想定通りだ。問題はここから。
「とはいえ妹であるわたしと四六時中一緒のメイドとなれば、すぐに正体がバレてしまうと思うのです。そうでしょうお姉さま?」
「ええ、そうねアンナ。それにランベルク公爵は私の誘拐については一度失敗していますから、次に攫われる可能性が高いのはアウローラ様かアグネス様です。ですがアウローラ様は私の領地にいるので手出しはできません。だとすればアグネス様が攫われる確率が一番高いと思いますわ。たとえばお茶会のときなどに」
「まぁ……それは困りますわね。きっとアグネス様のお屋敷には、当家のように武術を嗜むメイドはおりませんわ」
我ながら棒読みの寸劇感は否めなかったものの、せっかく付き合ってくれているアンナの努力を無駄にはできない。明らかに“?”といった様子のホーエンベルク様達の表情は、この際無視。ここは深夜のテレビショッピングのノリで強引に乗り切るんだ!
いま大切なのは男性陣の反応ではない。それになんといっても陛下含め、男性陣には少し立腹している。女性は年齢でお呼ばれする社交シーズンのお茶会が年々数が減っていく。
男性は狩りなどでそういったチャンスもあるけれど、女性のアグネス様は今年を逃せばもう普通の縁付きは絶望的だ。彼女は私と違って結婚に意欲的なのに。
「――というわけで、アグネス様。私をアグネス様付きのメイドとしてスペンサー家で雇い入れてはもらえませんか?」
どこにつく“というわけで”なのか自分でもさっぱり分からないが、相手の顔が宇宙猫の間に捩じ込むべしと本能が告げている。視線をアグネス様にだけ向けて真摯な眼差しを向ければ、彼女はたじろぎながらも口を開く。
「え、ええ~と? あの、でも……友人をメイドとして雇い入れるだなんてそんなこと。それに屋敷の使用人達のお給金は領地にいる父が管理しておりますわ~」
この反応も予想通り。確かに王都のタウンハウスであろうとも、使用人の雇い入れは大抵当主か家令が決めている。うちは家令からの推薦で父が雇い入れるけれど、アグネス様の家もそうなのだろう。だとしたら――……いける。
「“親友”ではないですか私達。なので、訳有りな親友が王都にお忍びに来ているところを匿って下さるだけで良いのです。雇い入れるというのも形だけで大丈夫ですし、部屋は物置で充分。当然置いてもらうからには働きますし、お給金は頂きませんわ。その代わり、夜に一緒にお茶を楽しむ時間が欲しいですね」
やや強引すぎる私の論点のすり替えにアグネス様がほぼ反射で頷いたのは、その直後のことであった。




