*14* いざ、新天地へ。
長かった社交界シーズンも終わり、王都での滞在生活最終日。
すでにどこのお家も娘と妻を領地に送り返し始め、王都に残る父親や子息達は仕事に追われる日常へと戻っていく。そうしてその例に漏れず、私達家族も各々の持ち場に戻るために集まっていた。
「いっぱい手紙を書くわね、お姉さま」
「ふふ、アンナは大袈裟ね。たった半年離れるだけよ?」
「毎日傍にいたのにあれだけお喋りしていたのだもの。離れたら書きたいことなんていくらでもあるわ」
「アンナの言う通りだぞベルタ。姉妹仲がいいのは喜ばしいが、二人とも私にも手紙を出すのを忘れないでくれよ?」
「お父様ったら……」
「お父さまってば……」
「待て、二人ともそんな目で見るな。これは別に過干渉ではないぞ。年頃の娘を心配して何が悪い」
娘から一斉に向けられた呆れを含んだ眼差しに、見目は美しいものの、内面はただの年頃の娘から煙たがられる男親は胸を張ってそう言った。うーん、この美形の無駄遣いぶりよ。
これがつい先日までは、ご婦人方から引きも切らぬお誘いを受けていた男性と同一人物とは思えない。現在反抗期真っ只中で、異性からモテる父親というものを見たことがなかった妹は目を丸くしていた。
実際私もゲーム内でスチルを見たことがなくて字幕のみの情報だったから、社交場でご婦人方に囲まれてよそ行きの笑みを張り付けている父を見て、初めて信じたくらいだ。美形は三日で慣れるとは言うけれど、自分の親ならば尚更そういうフィルターが剥がれるのが早いのかもしれない。
「特にアンナは今回のデビュタントで早速狼共から目をつけられたからな。妙な手紙が領地のお前宛に届いたら、すぐに私に転送して来なさい。勿論ベルタもだ。その場合は向こうの親と直接話をつける」
……おお父よ、娘は少し貴男を見直しました。そしてそれは妹も同じだったのか、隣でちょっと感動している。
けれどそれだとあの夜会で、真正面から妹のファンだと公言していた彼はどうなるのだろう? そう思って父に訊ねようとしたら、不意に父が「まぁ、ヴァルトブルク子爵の息子は、あれはあれで困ったものだがな」と苦笑した。
「ヴァルトブルク子爵……アンナのファンを公言していた方ですか?」
「あの方、子爵でしたのね」
「ああ、彼の父親と私は同僚でね。彼とは仕事の管轄が違うが何度か話したこともある。あの通りの性格だからあまり長い会話をしたことはないがな」
――となると彼は父親からアンナの話を聞いたか、彼の父親が私達の父に娘自慢として貸し出された翻訳本を読んだのだろう。妹もその可能性に思い当たった様子で半眼で父を睨んでいる。
せっかく直前まで尊敬されていたというのに、これで帳消しになったのではないだろうか? 反抗期の娘は男親への点数が辛いのだ。
けれど妹のジト目にひきつった微笑みを返していた父が、いきなりこちらに「ベルタもホーエンベルク殿に声をかけられたそうだな?」と水を向けてきたので、今度は私が妹をジト目で睨む。
テヘッとでも擬音のつきそうな微笑みを浮かべる妹の頬をつついていたら、父は「彼はその……伯爵だ。しかも面倒な部類の」と言った。その含みのある言葉だけで、父が彼に関して何か知っているのだとは分かる。そして格上から格下が興味を持たれていいことはあまりない。
前世ゲーム内で見たことのない彼がどういう立場の人間か分からない以上、進んで接触しようとは絶対に思わないし、そもそも四年前のこと以外で接点もないのだ。得体のしれない人物は放置するに限る。
「私があの場で一番年齢が浮いていたから、気を使って声をかけて下さっただけでしょう。そうでなくとも私は変わり者としてそこそこ有名なようですから」
弁えていると伝えるべくそう答えると、父はホッとしたように表情を緩めた。でもできればそこは変わり者ではないと言って欲しかったなぁ?
そんな風に家族とふざけあっていたら、少し離れたところに停車した立派な馬車から、アウローラが私を呼ぶ声が聞こえてくる。家族に……特に妹に会わせたかったのだけれど、人見知りちゃんはこっちに来られないようだ。
「アウローラ様が呼んでいるみたいだから、もう行かないと。二人とも身体に気を付けてね。向こうについたらすぐに手紙を書くわ」
二人から代わる代わる力強い抱擁を受け、教え子の待つ馬車に向かって駆け出す。本当は半年で帰れないかもしれないとは……もしも途中解雇されたりしたら格好がつかないので言えなかった。




