*1* (何でか)教え子と一緒。
父の日頃の鬱憤が爆発したフライングで領地に戻ってからというもの、ガンガルの嗅覚をあてにして、空港での麻薬探知犬もかくやという的中率で怪しい荷物の仕分け作業に当たっていた。あの子の鼻は本当に凄い。
もう出るわ出るわ、麻薬関連の真っ黒なブツが。一つ一つの量は極僅かなのがまた腹立たしい。
もしもあと少しこちらに戻ってくるのが遅れていたら、こうしてコツコツバラけて持ち込まれていたこれらの不正を、異様なタイミングの良さで乗り込んで来そうな某公爵様の私兵に証拠として摘発されるところだった。
ちなみに拉致られたあの日『もしも仮に断ればどうなります?』と訊ねたところ、陛下から『ランベルク公爵の麻薬取引に関わっている貴族名簿に、コーゼル家の名もある』という、弱味をしっかり握られた答えが返ってきた。
まさかまだ見たことのない教え子の断罪ルートが眠っていたとは驚きである。このゲームはどれだけ熱心に教え子を破滅させたいのか。断罪のバリエーションもここまで豊富だと普通に引く。
製作会社が同人サークル系だったとはいえ、客にクリアをさせる気があったのかももう謎だ。攻略本もない、不人気故か攻略サイトもないのなら、せめて難易度の設定を最初にさせてくれるとか、もっとプレイヤーに親身になって忖度をして欲しいものである。
せっかく面白いのに誰とも情報共有できない寂しさよ。スマホアプリゲームも良いけど、やり込み同人サークル系にももっと陽の目が当たれば良いのになどと元のゲームへの不満を思っていると、背後からチョンとつつかれる。
水の入った桶を手にゆっくりと振り返れば、にっこりと眩しい微笑みを湛えて見上げてくる教え子の姿がそこにあった。
「先生、こっちの子にあげる飼い葉の準備ができましたわ」
「あぁ……しっかり柔らかくほぐして綺麗に長さを整えてくれたのですね。ありがとうございます、アウローラ様。この子はちょっと神経質でお腹が弱いので、こうして頂くと疝痛を起こしにくくなるのです」
「まぁ、そうなのですね。大変ね、お前。次はもっと細かくしてあげるわ」
そんな優しいことを口にしながら馬の鼻面を撫でる控えめな美少女。なかなか絵画とかだと良い被写体になりそうな光景だ。
現在朝の六時。
現在地はエステルハージ領の自邸にある厩。
どうしてそんな場所に教え子の姿があるのか。
先日ようやく監視と仕事の合間に、王都で孤軍奮闘する妹への手紙をガンガルに頼んだまでは良かったけれど、何故かいつもより帰還の遅かった彼が、気まずそうに王都からの客人を二人連れ帰ったのだ。
――……そう、あれは今から四日前のこと。
◆◆◆
『ベルタ先生、久しぶりー! 皆から手紙預かってきたよ。あとこれ、無事に出版できたからお土産に持ってきた画集ねー』
『先生! お会いしたかったです!!』
『え……フェルディナンド様に……アウローラ様? は? 何故こちらに?』
『都落ちした恩師を見舞いに行くって言ったら許してもらえたよー』
『まぁ、違いますわフェルディナンド様。わたくし達はホーエンベルク様に勧められて、風光明媚と噂のエステルハージ領にスケッチの旅に来たんです』
『あー……そういやそんな話だった。うん、全部憶えてて偉いじゃんお姫様』
『え? うん? フェルディナンド様、その……それってつまりはどういうことなのでしょう?』
『お嬢、ごめん……妹様、紅茶飲んでくれたの嬉しくて、つい』
『やあ、いらっしゃいお二人さん。うちの領地は景色が良いだろう? それもこれもわたしの可愛い娘がここを守ってくれていたからこそだ。ゆっくりして行きなさい。ガンガルもご苦労だったね。新しいジャムが手に入っているから見ておいで』
『『『はーい!』』』
◆◆◆
――以上、回想終わり。
脚本家云々の話はあのあとガンガルが教え子の面倒を見てくれている間、こっそりフェルディナンド様の口から私と父に詳細が語られた。
なんでも彼いわく、
『あ、うん。本当はね、ヴィーがオレ達を避難させてくれたんだよ。先生の可愛い妹ちゃん達が、例の脚本家と二重契約したからさ。もしも相手の雇い主にそのことがバレちゃったら、オレとお姫様が一番狙われやすいよなーってことで』
――とのことだそうで。アンナが多少暴走しても、義弟がいてくれるから大丈夫だと思っていたのに……感化されていたとは。無念。
しかしまだ教え子にコーゼル侯爵が悪事の片棒を担いでいることを知られていないだけマシか。再会を約束して贈ったリボンが活躍するのが早すぎるけど。
それにしてもこんな牧歌的な領地の厩に侯爵令嬢がいるだなんて、なんとも不思議な光景だ。前回ここに遊びに来たときにはお客様としてもてなしただけに、馬の世話までさせる今回の滞在はちょっと異例の出来事だと思う。
あと教え子はうちの屋敷に泊まっているけど、フェルディナンド様は近くに宿を取っている。初日に客間があるからそこに泊まるよう言ったものの、彼からは『それは流石に抜けがけしすぎだから』と、よく分からない理由で断られた。
とはいえ食事はうちの屋敷にとりに来るし、それなら泊まっても同じなのでは? と思わなくもない。
おまけに日中は父とガンガルをつれての摘発業務に忙しいので、教え子もフェルディナンド様もほぼ放ったらかし。なので日中の二人は本当に画家とその弟子の如く、屋敷から近い場所の風景をスケッチしている。
夕方屋敷に戻ってくるときにそんな二人の姿を見ていると、歳の離れた兄妹のようで微笑ましいのと同時に、王都を出る前にアグネス様がかけてくれた言葉を思い出してしまう。
『ベルタ様の不在はこのアグネス・スペンサーが引き受けましたわ~。大役ですけれど、ベルタ様がお戻りになるまでしっかり椅子を温めておきますわね~』
糸目なだけでその実しっかり者の優しい親友は、今頃マキシム様の行動に胃を痛めていないだろうか。それに……生真面目なホーエンベルク様もきちんと休んでいるだろうか。
そんなことを考えながら教え子の横顔を眺めていたら、視線に気付いたらしい彼女が顔をこちらに向けて「今日は湖のスケッチに行くんです」と。それはそれは嬉しそうに笑うので、こちらもつられて微笑み返した。
「ふふ、それではしっかり朝食をとって、うんと綺麗に描いて見せて下さいね?」
「はい。たとえわたくしが王都に戻っても、朝な夕なと先生のお傍にわたくしの存在を感じて頂けるような作品を目指して頑張りますわ」
うっとりと頬を染めてそう言う彼女の瞳に久々にヤンデレの気配を感じて、ほんの少しだけ言葉に詰まった、春の早朝。




