*29* 洗いざらい吐いてみました。
どの程度までかは知らないけれど、すでにこちらの情報が国の最高権力者の耳に届いている。それならば下手に情報を出し渋って誤魔化すよりは、私達が持っている情報を元に懐に飛び込んで味方だという格好をとった方が良い。
何より貴族社会の中でも最上に近い公爵の位を持つ人間相手に、子爵家と伯爵家の連合では分が悪い。
格上相手に挑む上で王様のカードは最強だ。下手をすればこちらが消されるかもだけれど、上手く切れば危険を肩代わりしてくれる最高の楯と同じようなものだ。
なので、私は遠慮なくこれまでのことを洗いざらい話そうと決意した。勿論最初から素直に話すのではなく、諸々の怨み節が先だ。
コーゼル家の娘の家庭教師をしていたら、いきなり第一王子の家庭教師に抜擢されて、断ることもできずに拉致されたこと。
そのせいで元の教え子を傷付け、私や家族が本来なら被らないで済んだはずの嫉妬や誹謗中傷を、社交界や王城で受けたこと。
最初の頃の王城ではこっちが望んで来たわけでもないのに酷い扱いを受けるわ、突如わいた求婚者達にストレスを感じまくって毎日地獄だったこと。
割と長々とした不満になったものの、どうせ子爵の娘の話だ。大半は右から左に聞き流しておいでだろう。大方の文句を言い終えたところで、少し真面目な路線に話を戻した。
内容としてはランベルク公爵に目をつけられて暗殺者を送り込まれたことと、それを一度は自力で回避したこと。
その後に彼が唆した一部の貴族によって誘拐されたことと、その場に居合わせた私の暗殺を失敗した暗殺者を拾って、自力で帰還したこと。
拾った暗殺者はリベルカ人で、ランベルク公爵に麻薬やら何やらで脅されて暗殺者に仕立て上げられていたものの、現在はエステルハージ家の使用人として穏やかに暮らしていること。
公爵が人気劇団を抱え込んで、私のことについてあることないことを自身の隠し子っぽい脚本家に書かせていること……などなど。我ながら大盤振る舞いだと思う。単にこれまでの鬱憤と緊張でヤケクソだったとも言えるけど。
友人であり、今回の件に巻き込んでしまった協力者のフェルディナンド様やアグネス様、妹の婚約者であるヴァルトブルク様や、同僚のホーエンベルク様との関係もしっかりと告げておく。
そうすることで彼等や彼女にも監視がつくかもしれないけれど、それは逆手に取れば国で一番の組織に守られることにも繋がる。あくまでも殺される前に動いてくれるかどうかといった程度ではあるけど、何もないよりはマシ。
これでもし“知りすぎているから殺しとこっかな?”的な判断を下されたら嫌だけど、どっちみち話さなくても“反逆の意思あり”だと思われるのがオチだ。
話すことがなくなったので口を閉ざせば、ずっと黙って拝聴して下さっていた陛下が脚を組み直して思案する素振りを見せた。殺そうか使おうかといったところだろうか。だけど不思議なことに剣呑な気配は微塵もない。
「大まかな部分は、こちらが押さえていた内容と然程変わらんようだな」
チッ、それならさっさと話してる間に止めろよ。喉を潤すお茶も用意していないくせに余計な労力を使わせてくれる。おかげで喉がカラカラだ……とは、勿論声には出さないけどね?
「左様でございましたか。お役に立てず申し訳ございません。でしたら、そろそろ御前を辞するお許しを頂きたいのですが。三月一日まではマキシム様の教育係としての仕事がございますので」
これ以上用件がないのなら皆のことも印象付けられたし、こんな怖い場所からは一刻も早く退散したい。今のこの状況ってば、小説や映画だと利用価値がないと分かったらドアが開いて、近衛兵に連行されるシーンっぽいもの。
だがしかしこちらの焦りが滲む内心などお構いなしに、陛下はそれは許さないというようにゆっくりと首を横に振った。
「“大まかな部分は”だ。そなたが暗殺されかけたことや拐かしにあったこと、暗殺者を連れ帰って手懐けたことは、密偵からこちらに報告が上がっていない」
「ああ、それはそうでしょう。密偵の方達にしてみれば、私はただの取るに足らない子爵家の娘です。陛下の密偵方が大事の前の小事をわざわざ報告されるとは思えません」
「成程。しかし物怖じせず棘のある言葉を吐くものだな」
「いいえ、まさか。そのようなことは」
これまでの行いのどれ一つとったところで、こちらが友好的な態度を取るとお思いです? ええ、まぁ、勿論言いませんけど。大人なので。
あと物怖じは目茶苦茶してます。物怖じせずに見えているのなら、はったりはまだ効いているようだ。なるべく焦っていることを悟らせまいと丹田に力を入れ、悪役顔で浮かべるこちらの微笑みと答えに陛下は双眸を眇めた。
「気配に出ているが」
「思ってもおりませぬことは、気配に出しようがございませんわ」
いけしゃあしゃあとそう言って退ければ、彼はジッとこちらを見据えたまま、長い指をこめかみに当てて気怠げな溜息をついた。その顔色はやや悪い。連日仕事で遅くに戻ってくる父よりもだ。
もしやどこか体調が悪いのではなかろうか? この人もこの人でストレスの多そうな仕事だし、胃腸を患っていたとしてもおかしくない。この世界に私の前世での常備薬ロキ○ニンがあれば献上してあげたのに。
――などと思っていたら……。
「解雇はそなたの身柄の保護のための方便だ。しかしいまの話を聞いて、少し気が変わった。ベルタ・エステルハージ。佞臣グスタフ・カール・ランベルク公爵を失脚させるためにその身柄を差し出せ。これは王命である」
どうやら私はまたもとんでもない新シナリオルートを開いてしまったらしい。




