*24* とても怒られてます。
――……こうなることの予想は薄々していました。はい。ついさっきまでの和気あいあいとした室内は今やひんやりとした気配に包まれていた。
「えーっと、それじゃあここまでの話をまとめるねー」
そういつもと変わらない声音で、今まで見たことがないほど冷えた視線をこちらに向けるフェルディナンド様。その冷気の発信源には勿論アグネス様とアンナも含まれている。
その前で正座をしたくなる気持ちを抑えて椅子に座る私と、椅子の後ろに立ってまごまごするガンガルに、バツ悪そうに頷くホーエンベルク様。ガンガルは完璧に巻き込まれ枠なので、振り返ってソッと椅子の後ろから彼等の視線の向いていない方向に立つことを勧める。
けれど首を横に振ってそこに留まってくれるわんこ。一緒に怒られてくれるつもりなのが伝わってきて不憫可愛い。
「今朝ベルタ先生のところに王家の封蝋付きの手紙が届いて、中には解雇通知が入ってた。驚いたベルタ先生は城のヴィーを訪ねようと馬車を出し、その途中であの脚本家を見つけた。ガルと一緒に尾行したベルタ先生は何かヤバいことになってると判断。最初は解雇通知のことだけを話するつもりでいたけど、考えを改めてオレ達にも話を通すべきだと思い直した……ここまではあってる?」
コクリ。というか、ゴクリ。滑らかに話される内容もそうだけど、美形は脚を組んで顎を持ち上げるだけでも圧が凄い。中性的な美青年だと尚更迫力がある。
こちらの反応を観察しながらも、彼は両脇の席に腰かけたアグネス様とアンナを見やり、両者から質問がないかを確認した。こんなときに判明してもあまり嬉しくないけれど、フェルディナンド様は案外司会上手だ。
本当に……こんなときでなければ素晴らしい才能だと思えた。うん。
「――で、二人は脚本家の正体を何となく知っていて、だけどそれを故意にオレ達に教えてなかった。ガルはそもそも脚本家のことを知らないからこっち側ね。しかもヴィーに至っては、脚本家と縁のある人物が裏でやってる悪事の小さな拠点を自領の私兵を使ったり、近場なら休みを潰して出向き制圧に参加してた――と」
これにも無言で頷く。隣ではホーエンベルク様が素直に頷きつつも、苦虫を噛み潰したような顔をしている。いつもとまるきり立場が逆転しているからか肩身が狭そうだ。私も人のことは言えないけど。
呆れたようにゆっくりと頭を横に振る彼の動きに合わせて、ガラスビーズがチャラチャラと軽快な音を立てた。翡翠色の瞳には苛立ちが滲んでいる。
「何て言うのかさー……二人とも勝手にそんなに気負って馬鹿じゃないの? アグネス嬢も、オレも、アンナ嬢も、ヴァルトブルク殿もいるじゃん。あ、それともオレ達のこと“面倒見てあげなきゃ”みたいに思ってる? 同年代なのに?」
そう訊ねる声音は明るい。それがより一層彼の怒りの深さを思わせる。確かに前世の知識を使って、回避できる危険は回避させなければという使命感はあったかもしれない。
とはいえ、かなり前に前世の記憶は何の役にも立たなくなっているのだが。それでも巻き込みたくなくて。やっぱり優しいこの居場所を守りたかったのだ。
――しかし。
「うふふ、本当にまったくもって大きなお世話ですわね~。もう隠し事なんてしてないでしょうけれど、もしもまだあるようならここで洗いざらいお話になって下さいません? わたし、こう見えてとーっても怒っておりますの」
「わたしもよお姉さま。姉妹で助け合っていきたいと思っていたのは、わたしだけだったのね。お父さまもどうせ今回の件に噛んでいるのでしょう?」
表情は微笑んでいるのに纏う空気が冷ややかなアグネス様に、責める口調の割にいまにも泣き出しそうなアンナ。背後でおろつくわんこ。カオスだ。
何とか彼女達に謝ろうと思うのにどう切り出せば悩む私の隣で、ホーエンベルク様が挙手した。発言のために挙手するとは彼も相当テンパって――、
「今回の件に関しては俺が彼女に口止めをしていた。事が王家に関係するからには、内情を知る人間は少ない方が良いと判断したんだ」
なかった。むしろ正気すぎる。突然そんなことを言い出した彼に驚いて「いえ、元はと言えば私が――、」と口を挟もうとしたものの、彼はそれを手で制した。
その姿を見ていたフェルディナンド様は、私の方を一瞬見やってからすぐに視線をホーエンベルク様へと戻す。アグネス様とアンナはフェルディナンド様の判断に任せるつもりなのか、何も言わない。
「まず脚本家の正体についてだが、彼は王国の中でも最も王に近い……ランベルク公爵に似ている。亡くなった王妃の実兄だ。野心が強く狡猾な方で、マキシム様とフランツ様の仲をぎこちなくさせることにも一役かっていた。二人の仲を改善させたベルタ嬢を目の敵にしている節がある」
ホーエンベルク様の言葉に三人の視線がこちらに集まる。その瞳が彼の言葉の真偽を知りたいと問いかけているように見えて、思わず頷いてしまう。私の反応を見た彼等の視線はまたホーエンベルク様へと戻った。
「だから彼女に協力する者達のことも気に入らないはずだ。深く情報をエリオット達に教えすぎて、彼の報復がそちらに向かうことが恐ろしかった。決して君達を頼りないと思ったからじゃない。だが……本当にすまなかった」
苦い声音で締めくくられた内容に、しばらくは誰も口を開かなかった。フェルディナンド様達の方は三者三様に考えを巡らせているようだったし、ホーエンベルク様は彼等の反応をじっと見つめて言葉をかけられることを待っている。
私は……振り向いて見上げたガンガルが不安げにしていることが申し訳なくて、その手の甲に掌を置いて「大丈夫よ」と。何の慰めにもならない無意味な言葉を囁くことしかできなかった。
――でも。
「取り敢えずまだ全部納得したわけじゃないけどさー、これまでのことを黙ってた理由は分かった。オレ達はまだ面識がないから分からないけど、相手が誰でもせっかく楽しく遊んでるところに水差されるのが嫌だってのは、変わらない見解かなーってとこ」
「そうですわね。それにここで今さら仲間外れだなんて、つまらないですわー。遊ぶならとことん遊び尽くさないと勿体ないですもの」
「ええ、一つ一つわたし達の夢の障害になるものは潰していけば良いのよ。ただし、皆で一緒にだからね、お姉さま。ホーエンベルク様もですわ。今夜のことは明日にでもヴァルトブルク様に伝えておきますからね」
急にそれまでの真面目な表情を脱ぎ捨てた三人が、カラッと笑ってそう言ってくれるから。苦笑を浮かべて「すまない」と三人に謝罪するホーエンベルク様の隣でガンガルの手を握りしめたまま、ほんの少し泣きそうになったの。




