*23* お集まり頂きまして。
ホーエンベルク様と仕事終わりの約束を取り付けたあとは、怪しまれない程度に談笑してすぐさま別れ、ガンガルを連れて街中でアグネス様達にお出しするおやつと、色鮮やかで小さめのタペストリーを一枚購入して屋敷へと急いだ。
屋敷に到着したのは昼の十二時半。
色々と付き合わせてしまったガンガルにタペストリーをお礼としてプレゼントしたら、まさかの返礼に梨ジャム紅茶を淹れられて……いや、淹れてもらえた。
出かける前に教えた手順通りに淹れられたから、多少はマ……美味しかったのにはホッとしたけど、本日のお客に出したいという申し出は丁重にお断りさせて頂くことに。上昇志向があるのは良いことだけど、まだ一般受けする味には遠い。
一時にねぼすけな妹が起きてきたので一緒に昼食を食べた三十分後、素晴らしいタイミングでアグネス様達が遊びにきてくれた。
教え子とマリアンナ様と挨拶と抱擁を交わす妹を横目に、さりげなくアグネス様に並んで「今日、ご相談したいことがあります」と囁けば、彼女は唇の端に慈愛の微笑みを浮かべて「心得ました」と囁き返してくれた。
本当なら彼女を巻き込みたくない。だけど私自身の身がどう転ぶか分からない以上、もう隠しておくことの方が危険だと判断した。ゲーム知識が及ばないどころか、ここは“現実世界”なのだ。
政権抗争や弾圧は教科書の中の話ではないし、授業で教えてるときは何とも思っていなかったこの大陸内での血塗られた歴史も、実際に起こったことだと今更ながらに理解した。前世のフランス革命やロシア革命を自分の生きているときに再現されたら嫌すぎる。
判断を間違えれば死ぬ。前世で最低限守られていた人権は、今世の本物の貴族社会には恐らく適用されない。地位こそ全て。能力ではなく力こそ全てなのだ。
おまけに私にはスライド式断罪ルートの“悪役令嬢”嫌疑すらかかっているし、切欠を作っている原作ゲーム未登場な謎の脚本家の件もある。
その点でいえば今回の教え子はまだ安全圏内にいるけれど、アグネス様やフェルディナンド様、父と妹や、義弟と私は、貴族としては吹けば飛ぶ地位だ。もし“一時は第一王子の家庭教師だったから”などと楽観視してたら死ぬ。
そのあとは内緒話もせず、五人で淑女の遊戯盤で六時頃まで遊び、一緒に帰ろうと誘うマリアンナ様の言葉にアグネス様は「これからは大人の時間ですわ~」と、明らかにクイッと一杯引っかけるジェスチャーをして断る。
ブーブーと文句を言うマリアンナ様を止めてくれたのは教え子だ。彼女は輝く笑顔で「今日素直に引き下がっておけば、次回に我儘を聞いてもらいやすくなると思うの」と。交渉術は第二王子妃教育のおかげだろうか? 何にせよ日々の成長が目覚ましい。
二人をそれぞれの迎えの馬車に乗せて見送ったのち、アンナにも話があることを伝えて、小一時間ほど紅茶を飲みながらホーエンベルク様の合流を待った。その間は二人から何を聞かれても全員揃ってから話したい旨を伝えるに留めて。
――で、午後七時。
ガンガルが運んできてくれた軽食を摘まんでいたところに、執事からホーエンベルク様が到着したとの報せを受けて応接室に通すよう頼めば、入室してきた彼の後ろにはもう一人客人の姿があった。
おお……流石に図々しいかと思って頼めなかったのに、まさか何も言わなくても連れてきてくれるとは!
「お呼び立てしてしまって申し訳ありませんホーエンベルク様。フェルディナンド様もいらして下さったんですね」
「遅くなってすまない。アグネス嬢とアンナ嬢も待たせてしまった」
「いえ、わたし達はもともとマリアンナ様とローラと遊ぶ約束をしてたので、大丈夫ですわ。ね、お姉さま?」
「ええ。アンナの言う通りですので、どうかお気になさらず。さぁ、ひとまずおかけになって寛いで下さいませ」
「それでさー、もう話し合いとかって始まってるの?」
「いいえ~、ベルタ様が全員揃うまではと仰ったのでまだ何も」
「お、良かったー。あと、何かオレにも食べさせて。いきなりアトリエで作業中にヴィーが来たから何も食べてないんだよー」
「お前な……来て早々どこまで自由なんだ。それに俺が訪ねていようがいまいが、今日は朝食をとって以来アトリエから出てこないと家人が嘆いていたぞ?」
「あれ……そうだっけ?」
一気に人口密度の上がった応接室は、それまでの女性だけでフワフワした空気から一転、互いに声をかけあうものだから当然騒がしくなる。
フェルディナンド様の言葉に今が夕食時であるということを思い出し、慌てて何かお腹に溜まるものを用意して欲しいと伝えるために席を立とうとしたら、応接室の入口からひょこりと顔を出した人物が。
朝からの働きが眩しいわんこは「お嬢、これ。持っていけって言われた」と、もう完璧すぎる台詞とブツを手に現れた。
背後からスパイスの香るチキンサンドを乗せたトレイを持ってきたガンガルに「お、ガル久しぶりー。ありがと。気が利くねー」と、上機嫌で言葉をかけ、ついでにお皿からちゃっかり一切れ拝借するフェルディナンド様。
お礼を言われて満更でもなさそうに照れ笑いをした彼を手招くと、ガンガルは小首を傾げて自身を指差す。
「そう、ガンガルも同席してくれるかしら? 今朝私と目にしたことで一緒に話をして欲しいの」
こちらの申し出にコクンと頷いたガンガルがすり抜けやすいよう、ホーエンベルク様が二切れ目を手に取ったフェルディナンド様を回収してくれる。そうして六人が室内に収まり思い思いの場所に腰を落ち着けた。
――さて、刺激的な集いの幕開けだ。




