*18* 記念式典④
式典が進行していく間にライバル劇団の人達の名が一人ずつ呼ばれ、一瞬だけこちらに威圧的な視線を投げ、すぐに美しい一礼とカーテシーをホールに向かって披露し、陛下達の待つ最上段に登り詰める。
きっと何度も登ったことがあるのだろう。見上げる堂々とした背中は神々しさすら感じられた。竪琴を模したトロフィーを胸に抱いて降りてくるライバル達は、悔しいけれど格好良い。
そして……いよいよ私達の番がきた。最初に呼ばれたのはヴァルトブルク様。彼は名前を呼ばれると、青白い顔で右手と右足を同時に出して最上段に登って行き、放心状態で竪琴のトロフィーを抱えて戻ってきた。
絶対同じ状態で帰ってきてしまう自信があると不安に感じていたら、次は隣のアンナが呼ばれて。
妹は「見ていてね、お姉さま」と持ち前の負けん気を発揮し、ホールへ向かって優雅なカーテシーと微笑みを送ると拍手が上がり、舞台の前列にいたアグネス様が原本を振って応援してくれる姿が見えた。それを確認した妹は一層微笑みを深め、颯爽と身を翻して最上段へと登っていく。
ヴァルトブルク様がアンナにポーッと見惚れる様は可愛らしくて、自信に満ちた微笑みと共に竪琴を持ち帰ったアンナが「ね、大丈夫。受けとるのなんてあっという間よ」と笑った。
そのお次はフェルディナンド様。彼は私達の中で唯一こういった場での緊張とは無縁で、名前を呼ばれたときも飄々と「じゃ、行ってくるねー」と軽いノリで最上段まで登り、何でもないみたいな顔で竪琴のトロフィーを持ち帰ってきた。
そうしてやっぱり妹と同じように「すぐすぐ、本当。褒め言葉だって絶対みんな使い回しだから。気軽に行ってきなよー」と笑ってくれる。陛下方をボット扱いして良いのだろうかと思いつつ、その言葉で少し心が軽くなったのも事実で。
最後に名前を呼ばれた私が意を決して舞台の上でカーテシーをとると、何故かホールのアグネス様達からだけでなく、同じ壇上にいた隣国の劇団の方達からも拍手をもらってしまった。
感謝を伝えるためにそちらへ微笑みを返し、次いでホールの方へと視線を向ければ、アグネス様とホーエンベルク様が手を振ってくれている。背後からはアンナ達が小声で「頑張って」という声も聞こえた。
場違いな場所に立つ恐れが消えたわけではないけれど、清水の舞台から飛び降りるよりはマシかなと考えるくらいの余裕はできて。アンナとお揃いのドレスを翻して最上段へと続く階段を登った。
最上段に続く最後の一段を登りきれば、そこでまたカーテシー。顔を上げる許可が出るまでそのまま待機。ややあってから「顔を」と深みはあれど体温を感じない声がかかった。ゆっくりと顔を上げれば、目の前には四人の権力者の姿。
心臓が口から飛び出しそうな状況にドレスを摘まむ指先が震えるものの、続いてかけられた「こちらへ」という聞き慣れた声にホッとした。先の声は陛下のもので、続いた声はマキシム様だ。
慣れない高いヒールの足許に気をつけながら近付き、再びカーテシーをとってから顔を上げる。
――と、隣国のご兄妹が陛下とマキシム様の方へと「彼女への発言をお許し頂けますか?」と口を開いた。すると鷹揚に頷き返した陛下に比べ、少し微妙な表情を浮かべるマキシム様。内心断ってくれよと思う私。
フェルディナンド様の嘘つきめ……陛下達はボットだって言ったじゃないか! さっさとトロフィーとコピペなお褒めの言葉をもらって帰りたい!
――という私の儚い望みは、瞳をキラキラさせる推定六~八歳程度のお姫様と、興味津々といった様子の推定二十歳前後の王子様のご兄妹を前に露と消えた。
「お初にお目にかかる、エステルハージ嬢。貴女のお噂はかねがね妹から聞き及んでいる。今夜は我が父からそなたへの礼を伝えに来た。そなたの製作した遊戯盤のおかげで、妹だけでなく勉強嫌いな甥や姪も大人しく学ぶようになってくれた。無論わたしや兄達もあの遊戯盤の虜だが。是非これからも製作に励んで欲しい」
「は、はい――……勿体ないお言葉を給り、恐悦至極にございます」
「お兄さまの言葉はいつも難しいのだわ。エステルハージ様、勉強が楽しくなるものを作ってくれてありがとう。そ、それとね、わたくし、アンナ先生の大ファンですの。今夜はそのお姉さまのあなたにも会えて、とても嬉しいわ!」
「かようなお言葉――……この身に余る僥倖にございます」
ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ……子爵程度の身分に隣国のロイヤルファミリーのお相手は重すぎる。語彙が死ぬ。早くトロフィーを下さい。仲間の元に帰りたいので!
微笑みを浮かべつつ内心真っ白な私に助け船を出してくれそうなマキシム様は、何故か隣の陛下を気にして難しい顔をしているし、陛下は陛下でこちらに探るような視線を投げるだけで口を開かない。
結局五分ほどご兄妹に褒めちぎって頂いたのち(主に妹様)、やっと陛下から「此度の働き見事であった。下がれ」とお許しを得て、控えていた進行役から竪琴のトロフィーを受け取ったマキシム様が「大丈夫か?」と囁きかけてくれた。
問題児だった彼からのそんな言葉に思わずウルッときそうになるも、寸でのところで「はい、お気遣いに感謝致します。おかげさまで緊張が解けましたわ」と応えてその手からトロフィーを受け取ると、マキシム様は嬉しそうに笑う。
そんな笑みを見ていたら、最初に比べて丸くなったものだなとこちらまで笑ってしまった。マキシム様が席に戻った姿を確認してから三人に最後のカーテシーを披露して身を翻すと、下のホールと壇上から割れんばかりの拍手が私を襲う。
式典のトリを飾ってしまったのだから仕方がないとはいえ、笑顔がひきつるのは誰も責めないで欲しいと思いつつ、仲間の元へと逃げ帰ったのだった。




