*15* 記念式典③
馬車に乗り込んで二人仲良く帰っていく教え子達を見送り、ホーエンベルク様とアグネス様は【関係者用入場口】の向こうに消え、私とフェルディナンド様は【式典出席者入場口】をくぐって赤い絨毯を踏み締めた。
国民的アニメに出てくるネコ○スの車内は、きっとこんな踏み心地なのだろうと思わせる弾力。寝転んだらさぞかし気持ちが良いことだろう。
しかし入口からして分けるというのは少々やりすぎのような気がする。式典主催者達には是非縁の下の力持ちという言葉を教えてやりたい。
「うわ……この絨毯、踏み心地おかしい。全身埋もれたくなる」
「私もいま全く同じことを考えていました」
「やっぱり? 本当に踏んじゃって良いのかーって感じだよね」
「ええ。できればソファーの生地に使いたいくらいですわ」
後から入ってくる他の出席者達が、クスクスと笑い合う私達の横を訝かしみながら通り過ぎていく。彼等や彼女等にしてみれば、この絨毯を踏み締めることに何の感慨もないのだろう。
入口付近から一歩中に歩を進めれば、前世のテレビでしか観たことのなかったような光景……というと、何だか陳腐な言い回しのようになってしまうけれど、そうとしか言いようのない光景が目の前に広がる。
バロック様式の教会を思わせる内装は華美ではあるものの、女性的なアーチを描く天井や彫刻は美しい。光の滴り落ちる煌びやかなシャンデリアは、女王陛下の胸元を飾りたてる首飾りのようだ。
式典出席者達用に設けられた場所は、関係者達のいるホールよりやや床が高くなっていて、目の前には扇状の階段が広がっている。感覚としては山肌に作られた棚田や、鍾乳洞のような感じ。
そこに広がる形で出席者達が並び立ち、さらにもう一段高い位置にある舞台のような開けた場所を見上げている。おそらく名前を呼ばれてからあの舞台に上がって、関係者達のいる客席側から良く見えるようにする演出なのだと思う。
その中央には両国の王族が座る豪奢な貴賓席が用意され、すでにマキシム様がつまらなさそうに座っているのが見えた。隣には陛下の席があるものの未だ空席で……さらに少し離れた席に隣国の使者としてやって来た第三王子と、以前見たあの幼いお姫様の姿もある。
――と、少し距離があるにもかかわらずこちらに気付いたのか、マキシム様が小さく手を振ってくれた。
あまりに普段通りな彼の行動に、思わず公の場であることも忘れて手を振り返していたら、隣にいたフェルディナンド様から「人目があるよ、悪女様?」とからかわれたので、慌てて視線を舞台から目の前の出席者達に戻す。
すると一瞬だけ数人の出席者達のグループと目が合い、隣国の出席者である証のロゼッタをつけたグループは好意的な微笑みを投げかけてくれ、もう一方の自国のグループは嘲笑をくれた。
前者はともかく後者の中にいた女優のおかげで、奴等がライバル劇団の連中だというのは分かった。私のことを頭の天辺から爪先までねめつけて、これ見よがしに鼻で嗤うライバル劇団の皆様。うーん、流石強者の驕りが前面に出てる。
隣でフェルディナンド様が珍しく苛立ったように舌打ちをしたけれど、そんな彼に「気にするだけ無駄ですわ」と答え、煌びやかな衣装と見目の出席者で埋まっている階段の中から、そこだけより強く光を放っているように見える一角に気付いて近付いた。
緊張で俯くヴァルトブルク様の背を擦るのに忙しそうな妹に「アンナ」と声をかければ、勢い良く振り返った彼女が「ごめんなさい、お姉さま」と開口一番謝罪を口にする。
いきなり妹に怒られること前提の扱いをされたショックで固まる私の背後で、フェルディナンド様が噴き出す音がして、ヴァルトブルク様が気遣わしげな視線をこちらに寄越した。
「ねぇアンナ。私は別に怒っているわけではないわ。むしろお礼を言いたいの」
「でも、勝手に相談しないであの子達に原本をあげることを決めたわ……」
「貴女は素晴らしい機転を利かせてくれただけよ。私にはあんな方法で彼女がここに立つべき人だと他者に知らしめることはできないもの」
それでも不安げにこちらを見つめる妹を安心させようと、さらに言葉を探したけれど……式典の実行委員がそれを許してはくれなかった。ホールと階段の狭間に用意された鐘が澄んだ音を響かせ、高いアーチ状の天井まで登り詰めた涼やかな余韻が、会場全体に沈黙を促す。
ホールの端からゆっくりとシャンデリアの明かりが落とされ、会場中で明かりを灯されているのは私達の立つ階段に少しと、さらに上の場所だけになる。
しかし慌てて会話を打ち切り横一列に並んだ私達が真っ先に気にしたのは、広いホールのどこかにいるアグネス様とホーエンベルク様の姿を探すこと。けれど彼女の捜索は可愛いアンナのおかげで割と容易だった。
薄暗がりの中、周囲に少し空間ができたその真ん中。
胸にできたてほやほやの原本を抱きしめたアグネス様と、彼女の背後に控える風に立つホーエンベルク様が控えめに手を振る姿を見つけた。どうやらまだ周囲にあの脚本家の姿はないようだ。
そのことに私もひとまず安心して会場入り前に交わした約束通り、二人に向かって心を込めて手を振り返す。
再び鐘の音が響き渡った瞬間、階段にいた出席者達が一斉に視線をホールから舞台の方へと向け、恭しく腰を折った。私達もそれにならって腰を折り、視線を上げた直後。
それまで空席だったマキシム様の隣に現れた人物の口から、ジスクタシア・リスデンブルク王国友好芸術文化賞の開始を告げる宣言が降り、会場内を静かな熱気が包み込んだ。




