*14* 記念式典②
昨日間違えて悩んでた方をアップしてしまったので、
先に読んでしまったかもしれない読者様は申し訳ありません!
前のお話を確認よろしくお願い致します。゜(゜´ω`゜)゜。
けれど彼の視線がこちらに留まったのはほんの一瞬で。すぐに興味をなくしたように会場の中に一人消えていく彼の姿を見送ったホーエンベルク様が、ふっと警戒を解いたのが分かる。
いや……ここで“武装解除の気配を察してしまう令嬢って何?”なんて考えてはいけないのよ私。着々と鍛練成果が身に付いているということを素直に喜べば良いのだ。たぶん。
フェルディナンド様とアグネス様は、私とホーエンベルク様の視線が動いたことに気付いた様子もなく、むしろアグネス様に至っては「ホーエンベルク様はどうしてこちらに?」と、この場では当然とも言える疑問を口にした。
親友のナイスアシストに内心拍手を送っていると、ホーエンベルク様の隣でフェルディナンド様が「そーいや何でいるんだっけ? 普通に合流しすぎて気付かなかったわ」と間の抜けたことを言う。親友といっても色々な形があるよね……?
「エリオット、お前な……いや、まぁいい。お前は昔からそういう奴だよ」
私と同じことを感じたらしいホーエンベルク様は溜息混じりにそう言うと、気を取り直すように視線を質問者のアグネス様の方へと向けた。
「今回は出席を見送ると言っていたある劇団が出ると直前で分かった。今夜はマキシム様が陛下と共にご出席される。彼にお声がけをして頂いてここの警備要員として入り込ませてもらったんだ」
彼の口から出たその答えに不安と安堵が半分ずつ混ざり合う。内訳は会場に彼がいてくれることへの安堵が六と、相手側の意図が分からない四くらい。
けれど警備要員となれば目が届くところに常にいられるとは考えにくいので、実質は五分五分程度になるかもだ。
「ホーエンベルク様が警戒するようなある劇団というと……あのヴァルトブルク様のライバル劇団の方ですわね~?」
「あー……まさかこんな大きな会場で馬鹿なことするとも思えないけど、一応念のためってやつ? 式典の最中にまたベルタ先生が攫われたりしたら困るもんね」
私の内心を知ってか知らずか、ニヤリとこちらに笑みを寄越したフェルディナンド様の言葉に苦笑を返しつつ、納得の展開にアグネス様と一緒に頷く。
道理で彼がいたわけだ。考えてみれば私達が呼ばれたところで王都の有名劇団が呼ばれないはずもない。ミドルはまだこちらが彼の正体を知らないと思っていると考えても良いのだろうか? それともこちらにそう思い込ませる罠?
前世ニュースで観たような独裁者とかなら分かるのだろうけど……生憎と前世は塾講師をやっていた小市民、今世は教え子と領地のことしか考えてなかった子爵令嬢。野心の強そうな権力者の考えていることなど分からない。
でも分からないなりに想像力を働かせないことには、あのミドルに社会的に抹殺されかねないのだけは分かる。そんなのは願い下げだ。
「成程それで。その劇団の例の脚本家なら、さっきまですぐ傍におられましたけれど……アグネス様のつけていらっしゃる物と同じコサージュをしていました」
正確には視界に掠めた程度だけど、色や形から鑑みるにまず間違いない。
私の言葉にアグネス様が「脚本家なのにこれを~?」と首を傾げて、自身の胸にある銀色の柊を象ったコサージュを見つめ。フェルディナンド様が「え、嘘。オレ気付かなかったー」と驚いた表情を浮かべる。同僚ながらちょっと可愛い。
しかしそのときちょうど会場入りを告げる鐘の音が聞こえてきて、係員が関係者と表彰される出席者の入場を促し始めた。そろそろ私達も移動を開始しなければ怒られてしまう。
「げ、もうそんな時間か。式典のあとって確か別ホールで交流を深めるために立食パーティーだっけ? 何時に終わるのか知らないけど面倒くさいなー……」
「そうごねるな。お前には苦痛だろうが名誉なことだぞ。とりあえず俺はなるべくアグネス嬢の姿が見える範囲に気を配る。ベルタ嬢の言葉通り彼がコサージュをしていたなら、壇上に呼ばれるエリオット達よりも、同じ関係者枠の出席者である彼女に接触してくる可能性が高い」
いきなり怖い予測を立てたホーエンベルク様の案に不安がる私の隣で、とうのアグネス様はあっけらかんとした表情で頷き、柊のコサージュのついた胸を張った。
「ではわたしはホーエンベルク様の動きに注意しつつ、壇上のベルタ様達が格好良く見える場所取りに専念します。ベルタ様もフェルディナンド様も、壇上からわたしを見つけたら、是非手を振って下さいませね~」
「え、ええ。それは勿論です。誰が見てもアグネス様に振っていると分かるように、心を込めて振りますわ」
――とそんな会話を交わして移動の準備を始めた私達の耳に、ふと「「先生ー!」」という聞き慣れた二重奏が届いて。
声がした馬車の停留所を振り返れば、大きく手を振りながら急ぎ足でこちらにやってくる二人の小さな淑女達の姿。呼ばれたアグネス様と私が両手を広げて抱き留めに向かうと、それぞれの教え子達が腰にまとわりついて止まった。
「間に合って良かったぁ。それにその五国戦記第二期主人公のドレス、先生にとってもお似合いですわ。わたくし馬車の中からでもすぐに見つけられました!」
「ありがとうございます、アウローラ様。ですがあの――、」
「アグネス先生だってそうよ。同着一位ね。今夜の装い、遊戯盤の新しく実装したカードのやつでしょう? やっぱり立体にした方が映えるわよね、それ。いつもそんな格好でいれば婚約者なんていっぱいかかるんじゃないかしら?」
「まぁ~……嬉しいですけれど、勝負服にするにはお高いですわね~。それにお二人とも今夜はどうしてこちらに?」
ただただ突然の教え子襲来に困惑する私と違い、アグネス様はマリアンナ様からのべた褒めマシンガントークをぶった切り、本日二度目のナイスアシストを決める。褒め足りないのか頬を膨らませているマリアンナ様に、ふわりと微笑みかけるアグネス様。
圧というには優しい催促にあっさり折れたマリアンナ様は、赤いコートの中から何かを取り出してズイッとアグネス様の胸に押し付けた。
「これを渡しに来たの」
「これは本……かしら~?」
「そうよ。今夜の先生のお守り。無事に渡せたからわたしとローラはもう帰るわ」
小さく鼻を鳴らして胸を張るマリアンナ様が“お守り”と称したそれは、きっちりとした製本をされていない、台本のように端を糸で綴っただけの“本”だ。
見ればまだラフの段階の表紙がついている。色味は五国戦記の次回作の黄色の地に銀。製本されれば熊のレリーフが施される予定だろう。
そういえば二週間ほど前にアンナに借りた五国戦記の草稿を、王子兄弟か教え子達のどちらのチームが先に読むかで一戦していた記憶が甦る。時々聞こえてくる会話内容から察するに、正々堂々勝負という道は早々に捨てたようだったけど……あのときの勝者は確かに教え子チームだった。
しかしだとするとまさかこの“本”は――……。
「あ、別に複製とかじゃないから。アンナ様にはちゃんと許可をもらってあるし、これは文句なしの“原本”扱いよ。これを会場内で持っていれば選出間違いをする目が節穴の人達も、先生が五国戦記の関係者だって分かるでしょう?」
教え子からの衝撃告白を受けたアグネス様の頬が、ほんの僅かにひきつった。