*11* 滑り込みで別枠ゲット。
「では当日はこのコサージュと招待状を提示すれば良いのですね? まさかこんな大きな式典にお呼ばれするだなんて、夢でも見ているみたいですわ~」
「はい。でも本当なら私がもっと早くに手紙の存在に気付いていれば……」
「うふふ、ですからこうしてベルタ様のおかげで出られるではありませんか。当日が楽しみですわね~」
――招待状事件から四日。
金縁の封筒を胸の前で大切そうに抱きしめたアグネス様は、そう言って嬉しそうに笑ってくれた。最初からこの派手な封筒できてたら絶対に見逃さなかったのにと、恨めしく思わずにはいられない。
完全にテンパっていた私はあの翌日登城してすぐホーエンベルク様に相談をし、本来出席しない彼の知恵を借りて、何とか締め切りギリギリで関係者枠の招待状を手に入れることができた。
方法としてはヴァルトブルク様やアンナやフェルディナンド様……要するに式典に呼ばれた私達の署名を集め、彼女が関係者であるという証明を式典の準備をしている窓口に持ち込み、忙殺されそうになっている文官にキレられながら書面をまとめてもらったのだ。
今日は十一月三十日。
問題のパーティーは十二月二十日。
通常大きな式典でここまで直前の申請だと子爵家では相手にされない。それに仮に効力があっても、娘のことで文官職に就く父の名を使えば職権乱用に当たると思われてしまう。
同僚を利用する形になることに気は引けたけど、伯爵家のホーエンベルク様の家名をお借りしたわけである。
「お忙しいホーエンベルク様のお手も煩わせてしまいました。本当にすみません」
「いや、むしろ貴方達が選出される可能性は充分にあったのに、文化賞の存在を失念していた俺が悪い。それに貴方の情報のおかげで、エリオットの部屋から招待状を発掘することができたからな」
こちらの謝罪に苦笑して首を横に振るホーエンベルク様のこの言葉は、何も誇張ではなくて。
フェルディナンド様も私と同じく手紙の存在に気付かず、ホーエンベルク様の『あいつは昔から絵に集中すると食事も睡眠も疎かにする。たぶんそろそろ画材と書き損じた絵で巣を作ってる頃だ』という予言通り、凡人には傑作に見える絵の中で一心不乱に絵筆を動かす彼の姿を発見したそうだ。
「いきなり乗り込んできて第一声が『“飯は食べてるのか?”』って。オマエはオレの母親かって話じゃない? そもそも人のこと言える顔色じゃないくせにさー。結局オレと手紙だけ発掘して城に戻ろうとしたところで、うちの執事に取っ捕まって一緒に飯食ってったもんなー?」
「エリオット……」
「そんな顔するなよ。本当のことじゃん」
そのときのことを思い出したらしいフェルディナンド様はニヤリと、ホーエンベルク様はさもウンザリした様子で溜息をついた。
けれどその表情はどちらもそれほど煩わしいと思っている風ではない。きっと彼等にとってはいつもの……昔からのことなのだろう。
「でも実際ちょっと見ない間に結構お痩せになってません~? やつれてもお綺麗なのは流石ですけど。美形はお得ですわね~」
「美青年が美女になっちゃった感じってことで。存分に見惚れても良いよー」
「そうですね……今ならお化粧をしてドレスを着れば女性に見えます」
「ベルタ先生、そこは冗談だから本気で返すの止めて? オレ男としての自信がなくなっちゃう」
しばし久々に集まった教育者仲間で他愛ない話で盛り上げっていたものの、ふとフェルディナンド様が真面目な顔になって「ごめんね、アグネス嬢」と言った。その声音は彼にしては珍しく気落ちした声で。
私とホーエンベルク様とアグネス様は、思わず一斉にフェルディナンド様の顔を穴が開きそうなほど見つめてしまった。そして謝罪されたとうのアグネス様は「わたしはいま何を謝られたのでしょう?」と、小首を傾げる。
「いやー……だって今回の件はさ、オレがもっと早く画集の告知だけでも出版社に頼んでさ、それを新聞に載せておけば良かったことだ。そうしたらアグネス嬢は正規の方法で一緒に会場入りできたのにさ」
おどけることに失敗した道化師のように笑う彼の表情に一瞬魅入ってしまう。それくらい意表を突かれた。ゲームでは我が道を行く彼のこんな表情は見たことがない。こんな……仲間を気遣う表情なんて。
だけどそんな彼にどう言葉をかけるべきか私とアグネス様が迷っていると、隣で耳を傾けていたホーエンベルク様が口を開いた。
「そう思うなら今日からでもしっかり食べて、夜にはきっちり寝ろ。お前が作業効率を上げて出来映えの良い作品を世に送り出せば、アグネス嬢の功績を見落とした人間達もすぐに気付く」
頭こそ撫でないまでもまるで兄のようなホーエンベルク様の言葉に、フェルディナンド様は二、三度目を瞬かせて「分かってるよ」と今度こそ、いつものようにおどけて笑った。




