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*2* お久しぶりです、老害。


 あの清がほとんどない濁にまみれたお誕生日会から三日後。


 あの日の夕方には王都へ向けて出立した私達は、一日休んだだけで早々に登城していた。別にしたくてするわけではないから、この場合はさせられるが正しいのかもしれないけど。


 王城内でありながら男子禁制の、高位の女性達だけが使用を許された棟の長い廊下を誰ともすれ違わずに歩くのは、大人の私だって怖い。それに加え、今の私の両手の先には、まだ小さな蕾の花達。

 

 今朝は二人を同時に連れて来るために、ホーエンベルク様と登城の時間帯が合わなかったせいで、ここまで三人でやって来たけれど……ここからの帰りは第二王子の婚約者と高位貴族のご令嬢と別れ、私一人だ。


 階級社会で生きている身としては、気を引き締めてホーエンベルク様達のいる図書室に合流しないとならない。納得いかないとはいえ恨みをかっているのだ。城内で怪我をさせられるなんて真っ平ごめんである。


 しずしずと淑女の歩幅で歩く廊下は永遠に続くかと思われたが……ようやく一人の女性が佇む姿が見えてきた。まだ少し距離があっても分かる教養の感じられる立ち姿と、上級貴族的なドレスに身を包んだ女性だ。


「先生……もう少しだけ先まで……」


「いいえ、アウローラ様。ここから先は私はご一緒することができません」


「怖がらなくても大丈夫よローラ。そのためにわたしがいるんじゃない」


「心強いお言葉をありがとうございますマリアンナ様。さぁ、アウローラ様。先生をお待たせしてはいけません」


「でも……わたくしの先生は、ベルタ先生だけだわ」


 上目遣いでそう言う教え子は可愛い。こんな場面でなければ、危うくおねだりを聞いてしまいそうなほどだ。


「ふふ、教育者冥利に尽きるお言葉です。けれどアウローラ様、私は今日からアウローラ様が教わるようなことは、何も存じ上げないと思いますわ」


「先生も、知らないこと?」


「それはそうよ。ここから先は国母になる女性か、それに準ずる地位の女性にしか教われない学問が多いもの。わたしもだけど(・・・・・・・)、一般的な貴族家の娘が知っていたって何にも使い道はないわ」


 このタイミングでナイスアシスト過ぎる。負け戦感を戦う前から出している教え子を前にしての冷静な突っ込み。しかも子爵家の私がここで口にしたところで説得力がないやつを使いこなしている。


 この子……アグネス様の言っていたような愚直な将軍適正よりは、オールワークスな勇将の適正があるわ。


 だけど何にしたって素晴らしい適正を開花させてくれてありがとうアグネス様! 前世では散々苦しめられた私のライバル、有能すぎ!


「ほぼマリアンナ様が答えを仰られてしまったので、私から追加する言葉はございませんが……アウローラ様、少しお耳をお借りしても?」


 あまり褒められた行為ではないものの、二人の間にしゃがみ込み教え子を手招くと、彼女は素直に私の吐息がかかるほど近くに耳を貸してくれた。距離感が信頼感の表れなら、近すぎてちょっと笑える。


「あのですね、アウローラ様。今日教わった授業内容を、あとで私にも教えて下さいませんか? 他言することはございませんが、教師の端くれとして少々興味があって。アウローラ様には私の先生になって欲しいのです」


 内緒話の体をなして囁きかけると、眼前にある教え子の横顔にサッと朱が差した。そしてそのままコクコクと頷くやこちらへ向き直り、私の手を取って力強く握りしめ、震える声で「その任務、心得ましたわ」と宣言する。


 マリアンナ様はそんな私達を生暖かい目で見つめていたけれど、ちょうど良いタイミングを見計らって「ほら、あっちの先生を待たせ過ぎたら怖そうだし、そろそろ行こ?」と教え子の肩を叩いてくれた。


 師が師なら、弟子も弟子よ。本当に有能な元・ライバル組である。


 教え子は憂いを捨てた表情になり、私の手を離すとマリアンナ様と連れ立って、こちらを振り返ることなく新しい宮廷家庭教師の元へと歩いて行く。小さな背中をした二人が向こうの女性と合流したのを見届け、その場でカーテシーを取ると、向こうも一応返してくれた。


 さらに奥へと誘われる二人が扉の向こうに姿を消したことを確認し、もと来た方向へ心持ち足早に引き返す。人目がないから走りたいところだけど、我慢だ。行きより早く共有棟の廊下まで辿り着き、やっと一息つけると思ったら――。


「フン……下品な足音が聞こえると思えば、エステルハージ嬢でしたか」


 お前かよミドル。会いたくなかったわミドル。嫌なら話しかけるなよミドル。


「まぁ、閣下。もしや今まで私をここでお待ち下さったのでしょうか?」


「ふざけたことを。今日から貴殿の元教え子が城に上がると聞いて、遠目に見学に来たまでだ。が……今からあんな様子では先が思いやられる。あと四年もすれば子を成せる身体になるというのに、その覚悟があるようにも見えん」


 うわ、気持ち悪っ。まだ十一歳の子供を見て何を考えてるんだこの老害。いくら王家にとって血を残すことが命題にしても気持ち悪い。無理。顔が整っていようが気持ち悪い。


「流石はランベルク様、躾にはお厳しいのですね。素晴らしいですわ。僭越ながらまた心得などをご教授頂ければと、そう思っております」


 怯むな、打ち返せ、心を殺して、たたみかけろ、社会人的さしすせそ。不快感に眉を顰めるミドルと微笑みを浮かべて対峙していると、そこに「ベルタ嬢」と、耳に馴染んだ声がかけられた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 嫌なおじい現る(๑•ૅㅁ•๑) なんて下品な(๑•ૅㅁ•๑) イケオジならぬ、イヤオジですね(笑)
[良い点] お前かよミドル。会いたくなかったわミドル。嫌なら話しかけるなよミドル。 そんな三段活用(笑)
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