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*1* 欲望渦巻く誕生日。


 今年のアウローラの誕生日を祝うガーデンパーティーは、人の多さがピークだと思われていた去年よりさらに多い。しかしそれも教え子の滝登りで龍になったくらいの出世魚ぶりを考えれば、無理もないだろう。


 以前からずっと出席していた招待客は当然のこと、新規で出席している招待客達も弱冠十一歳でしかない少女の家と懇意にすることで、王城での自分達の家名の憶えをめでたくしようと目論んでいるのだ。控え目に言ってもク○である。


 バラの香りが漂うこの庭園に、教え子の誕生日を祝う気持ちが本当にある大人など、ほんの一握りほどしかいないと思うと切ない。


 ――けれど。


「十一歳のお誕生日おめでとうローラ! これでまたわたしと同じ歳ね。はい、これ、開けてみて!」


「うん、あのね、マリー……凄く嬉しいけど……ここで開けるの?」


「勿論よ。贈り物って目の前で開けてもらった方が、次の贈り物を選ぶときに参考にしやすいじゃない。開けたときの表情で大体正解か不正解か分かるもの」


「そんなこと……せっかく選んでくれたなら、何をもらっても嬉しいわよ」


「そういう良い子な反応はいいから、ほら早く開けてみて」


 うーん、この既視感(デジャヴ)よ。目の前で繰り広げられるやり取りも会話内容も、去年の誕生日とほぼ同じに違いない。でも本当に教え子の誕生日を喜んでくれていることが分かるから、彼女の存在はとても嬉しいものだった。


 しかしそんな彼女の存在こそが、ここに招かれた客人達に分不相応な夢を見せているのもまた事実だ。元のゲームではライバルキャラだったマリアンナ様は、今年教え子の学友として共に王城に上がる。


 十一歳で第二王子の婚約者として王城に上がる教え子も珍しいが、婚約者でもない令嬢が婚約者として扱われる令嬢と親友同士だという理由で抜擢された。名目上は、幼い第二王子の婚約者が王城内で孤立してやる気を失わないようにとの気遣いだが、それでも異例の人事であることに違いはない。


 招待客達はそんな彼女の家とも繋がりを持ち、あわよくば自分の娘や息子もと二匹目のドジョウを狙っているのだろう。ご苦労なことだ。


 対して今年はもう第二王子の婚約者の席を射止めた末娘の自慢のため、侯爵夫妻は私に当の自慢の種である教え子を預け、忙しく招いた客の間を渡り歩いている。あれはあれで本当にブレないな……。


 だからというか、ホーエンベルク様は今年は欠席だ。当然ながら婚約者のフランツ様も来ない。


 理由は簡単で、第二王子の婚約者といえども、まだ婚約者の肩書きでしかない一貴族に肩入れしすぎると余計な反感を買うからだ。視界の端に写る侯爵夫妻があのような振る舞いを取るせいでもあるけど。


 とはいえ下手な緊張感を与えてくるだけの夫妻が隣にいない方が、教え子も楽しめるに違いない。プレゼントの包装紙を破かないよう、モタモタとした手付きでそれを剥がす教え子を、彼女は根気強く待っている。


 微笑ましい気分でその光景を眺めていると、横からヌッと果実酒の入ったグラスを持った華奢な手が現れた。


「まぁ、お帰りなさいアグネス様。今度のこれは何の果実酒でしょう?」


「うふふ、ただいま戻りましたベルタ様。これはブルーベリー酒だそうですわ~。香りも色も良かったので、つい注がれた量が多いものを見極めるのに時間を取られてしまいました」


 およそ令嬢らしからぬ彼女の発言に笑いながら礼を述べ、グラスを受け取る。確かに一口含めば華やかな香りと甘味がパッと広がった。


「……美味しい!」


「そうでしょう~? 見極める際に試飲と称して二杯も空けてしまいましたもの」


 常に笑っているような細い目を、さらに笑みの形にしてアグネス様はそう言うと、三杯目になるブルーベリー酒をクーッと空けてしまった。


 最近知ったけれど、アグネス様は結構お酒に強い。私は一度失敗して懲りたので、つられないよう気を付けてチビチビ飲むことにしよう。


「ふ~……美味しい。それにしても、今年もお招き頂けて良かったわ~。マリアンナ様は去年の前科があるから、ハインツ侯爵夫妻と直前まで招待状が届くかドキドキだったのですもの~」


「ああ……去年は私達が会場を離れた隙に、果実酒の盗み飲みで酔われて大変でしたからね」


「あのときは監督不行き届きでクビを覚悟しましたけれど、ハインツ様が『うちの野生児のやることは予想ができないから』とお許し下さって。持つべきものは理解のある雇い主ですわね~」


 ハインツ侯爵の娘評が酷いなと感じつつも、クスクスと楽しげに笑う彼女につられて笑ってしまう。そういえば去年の今日はここでホーエンベルク様に、マキシム様の家庭教師に抜擢されそうだという話を聞いていたんだよなぁ。もうあれから一年経ったのかと思うと感慨深い。


 塾や個人の家庭教師をしているとき、授業計画を進めていくうちに、ふと生徒の成長具合と進行がずれることがある。


 無理はさせないで褒めて伸ばす私の教育方針は、その実、塾でも個人の家庭教師でも、親御さんからの評判があまりよくなかった。理由は分かっている。いくら生徒が懐いてくれても、結果が出るのが遅いのだ。


 だから、しがない家庭教師のベルタでプレイする育成ゲームである【お嬢様の家庭教師(ガヴァネス)~綻ぶ蕾のその色は~】は、私にとって良い教材でもあった。


 シナリオルートは多いから特にタイムリミットが決まっているわけではない。それでも結果を出せないと生徒と引き離されてしまうのは現実と同じだった。


 家庭教師や教育者と名乗るからには、教え子が夢を叶える瞬間に立ち会いたいし、一緒になって喜びたい。


 私は、もう【教え子が喜ぶ顔】という【手柄】を、誰にも取られたくない。教えることが好きなのは前世と変わらないけれど、この世界に転生して、最近特に強くそう思う。


 アウローラの幸せも、アンナの幸せも、領地の子供達の幸せも、フランツ様の幸せも……転生当初は憎くて仕方なかったマキシム様の幸せもだし、命を狙われる物騒な出会いではあったものの、ガンガルの幸せも見つけてあげたい――と。


「うーん……ベルタ様、何やら難しいお顔をなさっていますわよ? 眉間に皺が」


 そんな言葉と同時にトスッと眉間に指を押し付けられて。


「心配ごとはあるかと思いますが、ベルタ様はお一人ではありません。わたしもこのたびマリアンナ様が少し手を離れますけれど、所用を済ませたら王都に出向いて見守ることにするつもりですわ~」


「所用ですか?」 


「ええ。一度領地に戻って、自ら罠にかかりに来た奇特な殿方達とお見合いをしますけれど、それが終わればすぐに王都に向かいますわね~」


 一瞬“それだと首尾よく行けば戻って来られないのでは?”と思ったものの、三年前に初めて出会ったときは、男性に求めるものは顔だと言い放っていた彼女にも、何かしらの変化が芽生えていてもおかしくない。


 いまの彼女の心を射止める難易度は上がっていると思うから、あながちすぐに帰ってくるというのも嘘ではないかも。でもそれって要するに――。


「それは……友人としては、お見合いが上手くいって欲しい気もしますし、上手くいかないでもいい気もしてしまいますね。ごめんなさい」


「うふふふ、そういう素直さんは好きですわよ~」


 そう言うと、アグネス様はすでに空になった自身のグラスを、まだ中身の残る私のグラスにコツンとやった。高級な薄いグラスの震える澄んだ音を耳に、不安の靄が晴れていく。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 前半のベルタの口調よ(笑) 好き(*´艸`*) アグネスちゃん、狩りに行くのね…
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