◑2◑ 頑張らないと。
一日一度の公演を終え、団員達との読み合い稽古も一段落したところで、舞台裏に降りて今朝公演が始まる前に届いたらしい国際郵便の封を開く。
すると便せんから仄かにラベンダーの香水が香り、ここにはいない彼女の存在を近くに感じた。
“お元気ですか。わたしの方は変わらず元気よ。うちの領地は空も広いし、空気が良いんだもの。あなたもそっちでの公演が無事に終わったら、式の前に一度遊びに来たらどう? 団員の皆は元気かしら”
さっきまで感じていた一日の疲れも忘れて、流れるような筆致で綴られる彼女の言葉を視線で追っていると――。
「お! またアンナ嬢からの手紙読んでるのか、ヨーゼフ」
「うわぁっ!?」
「ははっ、驚きすぎだヨーゼフ。ミステル座の座長としてこっちにきたってのに、そんなに肝が小さくてどうする。可愛い婚約者に怒られるぞ?」
「そうそう、せっかく俺たちが頭悩ませて考えた脚本を無駄にして、自力で手に入れた美人の婚約者だ。がっかりされるところは減らしなよー」
一人、二人と僕の背中にもたれかかりながら、そうからかってくる脚本家仲間達に覗き込まれないよう、苦笑しつつそっと便せんをたたんだ。
「ご、ごめん」
「いや、からかっただけだから。そこまで深刻ぶられると反応に困るって」
「うんうん。キミのそういうところは美徳だけどね。脚本家なんてつまんなかったら客から叩かれる仕事なんだし、あんま何でも真剣に聞くと保たないよ?」
「お前達が驚かすからだろう。ヨーゼフは繊細なんだ。作風にも出ている」
この劇団では三人の脚本家を有している。それが面倒見の良いヴィックと、気安いドリー、彼等の兄のような存在のパーシヴァルさんだ。
「はいはい、社会派書きはお堅いんだから。だけど酷いじゃない……どうせオレみたいな恋愛物書きと、」
「ボクみたいな喜劇書きをバカにしてるんだわ、そうでしょう!」
ちなみに、ヴィックが恋愛物、ドリーが喜劇、パーシヴァルさんが社会派と、住み分けもされている。いつか僕達ミステル座にも、こんな風に色んな脚本家を集められたらいいと思う。
おどけて寸劇を始めた二人の頭を丸めた台本で叩いたパーシヴァルさんは、首を横に振りながらこちらを振り返った。
「二人が驚かせてすまなかったなヨーゼフ。本題に入ろう。お前の持ってきた義姉のことを下敷きにしてるらしい脚本を、付き合いのある他劇団の脚本家連中とも回し読みした結果、誰の作品か何となくだが分かったかもしれん」
「本当ですか!?」
「びっ……くりした……おま、そんなでかい声出せたんだな」
「あ、ごめん」
「いーよいーよ、その流れは。でね、ボクたち三人の見解では、コイツちょっと前までこの国で他の劇団に雇われてた若手の脚本家じゃないかって」
小説と同じように劇の脚本にも書き手の特色が出る。お客さん達はその書き手の癖を見定め、数多ある劇場の中から自分の好みの脚本家を探すのだ。
一人で今まで観劇した国内の脚本を読んでみても、今回僕が三人に義姉上の立場を題材に揶揄った脚本の作者は分からなかった。そこで駄目元で隣国の彼等を頼ってみたのだけど……駄目元どころか、大当たりだったみたいだ。やっぱり仕事数の違いは大きい。
「あ、あの、それで、どういう脚本家なのか、教えて欲しいんだ。何でもいい。情報が必要なんだ」
緊張でもつれる舌を何とか動かして伝えれば、三人は同時に頷いてくれた。
「所謂ゴシップ書きって言えばいいのかな。貴族とかのそういう話を下敷きにして、結構際どい脚本を書いてた奴だよ。最初は庶民に人気があったんだけどね、そのうちに下敷きにされた貴族連中がそいつのいた劇団を訴え出してさ」
「劇団側が賠償金を払って火消しはできたが、以降その脚本家を使わなくなった。当然他の劇団もそんな危険な奴を使うことはしない。仕事を失ったそいつはいつの間にかこの界隈から姿を消した」
記憶の糸を辿るようにこめかみを押さえて話すドリーの言葉に、パーシヴァルさんがその後の脚本家の情報を補足してくれる。
「オレ遠目にそいつ見たことあるけど、脚本家ってより役者みたいな綺麗な顔立ちの男だったぜ」
「ボクも見た。目鼻立ちが彫刻みたいに整っててさ、同性から見ても色気があったよ。実際役者としてなら使ってやるっていう劇団もあったんじゃなかったっけ? パトロンをしてたご婦人達からツバメに誘われてたって話も聞いたなー。ま、どれも噂の域を出ないけど」
「確かに薄幸そうな見た目の青年だった。そう言えば、母親が昔どこかの劇団で有名な女優だったという話があったな。大貴族と不倫をして国にいられなくなったとか。彼がいなくなったとき、本人が一番ゴシップの脚本向きな生い立ちだと笑ってる脚本家連中がいた」
そこにさらにヴィックが見た目の情報を付け足し、他の二人がまた憶えている限りの情報で肉付けていく。脚本家が三人揃うと、情報がどんどん結び付きあって脚本の一部めいてくるのは不思議だ。
「やだやだ。上を目指さないで上にいた奴を引きずり下ろす方に熱を入れるとか、みっともねーよ。オレなら劇的な悲恋物の一本でも書くね」
「ボクなら特別おかしな喜劇にする」
「私なら格差社会の闇を描くだろうな」
「「うるさい、格差婚の権化め」」
パーシヴァルさんの奥方は大商家の娘さんだから、確かに格差婚と言えなくもないけれど、今それよりも僕が気にすべきことは――。
「そ、その人の名前っ、うろ覚えでもいいから教えて!」
大切な婚約者が敬愛する優しく厳しい義姉上を見世物にした、その脚本家の尻尾の先を掴む糸口だ。




