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*10* 滑り込みで新ルートが現れた!


 社交界シーズンが終わるまでもうあと一週間。まだアウローラに契約期間の話しはしていないので、このままだと私も彼女も一度自分の領地に帰ることになるだろう。


 特にアウローラに至っては今回私との顔合わせに王都に呼ばれただけで、まだデビュタントまでかなりあるから、それまで自領から出されることはまずない。


 何かしらのイベント分岐があったのかもしれないけれど、初めてのシナリオに沿うことに必死で綻びを見つけることができなかった。残念ながら来年の社交界シーズンにまたこちらに出てきて侯爵に自ら接触をするしか、現状のルートに戻る道はなさそうだ。


 しかし最初のうちは私が傍にいる時間にしか課題を開くことのなかった少女は、徐々に解けるコツを掴み始めると、夜の間に九頁ほどを片付けて翌日すぐに前日の話の続きをねだるようになっていった。


 この場合、答えが合っていようが間違っていようが構わない。それは確かに合っているに越したことはないのだが、自発的に机に向かって勉強をするということが大切なのだ。


 夜な夜な自室に蜂蜜入りのミルクを持ってくるように頼む少女の変化に、まず屋敷のメイド達が気付いた。以前までは侯爵家の令嬢であるのに常にビクビクとし、使用人達からすら逃げていた彼女が自分から話しかけて頼みごとをしたという、そんな些細な変化。


 けれどそれを些細かどうか分かるのはいつだって身近な人物である。


「昨夜娘がわたしの執務室を訪れて、貴方が作ったという教本の問題のヒントになりそうなことを訊ねてきた。以前までなら考えられなかったことだ」


 授業を終えて帰ろうとしていた私に、美味しい紅茶を分けてくれると言う教え子を玄関ホールで待っていたら、珍しく屋敷にいたコーゼル侯爵に呼び止められてそう言われた。


「まぁ、それは……ご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありません」


「いや、違う。そうではないのだ。そうではなく――……あれは、貴方の授業についていけているのか」


「はい。家庭教師としてそのようにお教えしておりますので」


 教え子を“あれ”呼ばわりされたことに、少々カチンときてそうやや慇懃無礼に答えると、侯爵は視線を床に落とし、綺麗に整えられた口髭を撫でながら「そうか……」と呟く。


 侯爵は教え子のふんわりとした見目とは対照的に、全体的に硬質な印象を纏った人物である。少し暗めの金髪と鋭いダークブラウンの瞳は、見る者に威圧感を与えるし、顔立ちも渋めで整っているのだけれど……威厳を持たせる口髭もあの子の目には怖く映るのだろう。


 初めて本物を見たときは、ゲームに登場しなかった人物に出会う不思議さを味わった。ちなみに侯爵夫人はプラチナブロンドにトルマリンの青い瞳を持つ、柳腰のたおやかな美女である。育成ゲームの出番のない夫婦に随分な大盤振る舞いだなと思ったのは内緒だ。


 黙り込んでしまった侯爵に位が低い私から言葉をかけることはできない。無言で床に張られたモザイクタイルの数を数えていると、先にお土産の紅茶を持って駆けてくる小さな足音が聞こえてきた。


 ――時間切れだ。そう思って床から視線を上げた直後。


「エステルハージ嬢。貴方にも領主代理という使命があるのは、重々理解しているつもりだ。こちらから急に頼み込んだ挙げ句、雇用期間まで決めておきながら身勝手な願いだと分かっている」


 突然話始めた侯爵がそこで一旦言葉を切る。続きを口にしようか迷いの残るその瞳を見つめ返して、僅かに頷き返すことで先を促した。


「どうか娘のためにこのシーズン後は、我が領地まで同行してもらえないだろうか。期間は……半年ほどで。謝礼はそちらの提示する要求額を用意させて頂く」


 二つも階級の低い相手に言葉を選ぶ侯爵を見つめながら、内心では“はい喜んでー!”と居酒屋のバイトさんのように元気に返事をしたものの、表向きは令嬢らしく深く腰を落としたカーテシーを取りながら微笑む。


「私のような者を相手にそのようなお言葉を……過分なことでございます。ですが、家族と一度話をしてからお返事をさせて頂きたいのですが」


「それは勿論だ。一週間後に返事を聞かせて欲しい」


「畏まりました」


 こうして途中退場秒読みの段階でシナリオに新たなルートが現れた。前世の感覚でいくと親御さんのお試し期間が延長なら、本採用だってあり得るのだ。この好機必ずものにしてみせるぞ!

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