*19* とある昼下がりのこと。
「マキシム様はもう少し戦略を練った方がよろしいですわ。穏健派なのはよろしいですけれど大概になさらないと。毎回友好国のフランツ様に兵を借りてばかり。借金まみれの敗戦国が板につきますわよ?」
「お前こそ現実的に物事を考える頭を持て。第一マリアンナ嬢の手勢をあてにしているのはそっちもだろ。遊戯盤の上だからといって、対外戦争でばかり金儲けをしていては第二王子の婚約者として心配だ」
すでに恒例行事になりつつある試合後のディスり合い。何回目くらいまでお互いに猫を被れていたのか分からないが、性別を越えた気の置けない友人と言えなくもない。見ようによってはだけど。
「ローラもマキシム様もこれは遊びなんだし、そろそろもう少し肩の力抜いて楽しんだらどうかしら? それに確かにどっちの言い分も正しいのだし」
「成程。マリアンナ嬢の言う通り反りの合わない相手同士の方が、お互いに急所を見破りやすいのかもしれませんね。だとしたら無理に関係性を矯正しない方が良いのか……?」
「フランツお前な……せっかく減った対立し合う派閥をまた増やそうとするな」
「フランツ様、そういう政治的な発言は心の中にしまっておきませんと」
「国のためなら兄と婚約者も使おうってことね。この中で一番危険な思想持ってるのはフランツ様かもですけれど、わたしは何があってもローラの味方ですから」
和気あいあいというのにはやや黒いものを感じるものの、タペストリー型の遊戯盤の上を一度全部撤去して、もう一戦しようと駒を選り分ける子供達の姿は微笑ましい……と、思う。というか思いたいなと感じていたのだけれど――。
「うん、何だろ……遊戯盤で遊んでるだけなのに可愛げのない会話だなー。それに意外とマキシム様、穏健な賢王の適正持ってない?」
やっぱりそうなりますよねというツッコミがフェルディナンド様の口から零れた。ジャムクッキーを片手に長い脚を組んで子供達を眺める姿は、普通のご令嬢なら目を奪われることだろう。
けれど今ではすっかり耐性のついてしまった私とアグネス様からは、残念なことにそんな乙女心は失せてしまっている。視界の端に入れば“お、綺麗”と一瞬思う美術品扱いだ。綺麗なものに慣れるって悲しい。
「将来の関係性の縮図が透けて見えますわね~。でもそれでいくとうちの子は愚直な将軍適正かしら?」
「私の教え子はいつの間にか覇王適正を持ってしまったみたいですね。できれば軍師適正を持って欲しかったのだけど」
「各々が戦況を冷静に見つめ直せるだけでなく、人心の動きや適材適所まで分かる良い教材だ。フランツ様は参謀適正か……授業で取り入れてみよう」
いつかのように四者四様、ティーカップに揺れる紅茶の香りを楽しみつつそんなことを言い合う前では、テーブルの上に広げられた遊戯盤へ前のめり気味に向き合う四人の子供の姿。
マリアンナ様は五国戦記の第二期で女主人公にはまってしまったらしく、何度もアグネス様に劇場に同行するようせがみ、先日ついに主演の子を出待ちして握手とサインまでしてもらったそうだ。
以来割とこのメンバーでの集まりに乗り気で、今日の王城でのお誘いにも臆することなくやってきた豪胆な元ライバル令嬢である。
「こうやってこんな風にお茶を飲んでると思うんだけどさ、もうこの集まりがなかったときに自分が何してたか思い出せないなーって。自分ではそこまで退屈に生きてきた気はしてなかったんだけど……変だよねー」
子供達の遊ぶ姿に視線を合わせていたら、ふとフェルディナンド様がそんなことを言い出した。
「言われてみればそうですわね。でもわたしはベルタ先生の存在を知らなければ、たぶん今もまだ無謀な婚約者探しに奔走していたと思いますわ~」
「俺もベルタ嬢が始まりだな。貴方と出会わなければ俺はフランツ様の家庭教師を拝命せず、かといって弟と母のいる元の領地に戻ることもできずに、今頃どこかの酒場で用心棒でもやっていたかもしれない」
フェルディナンド様の言葉につられるように、アグネス様とホーエンベルク様までもがそんなことを言ってくれた。けれど私は何故か三人の言葉に上手く言葉が出てこなくて、会話に乗り損ねてしまった。
「コーゼル侯爵がさ、うちのお姫様を次の誕生日で城に上げるんだって。第二王子の婚約者としての教育に入るみたいだ。まだあんなに弱っちそうなのに、あんな策謀渦巻く場所に放り込むのは心配だよねー」
彼の視線に大切な生徒を労るような気配が揺れたけれど、私の心はそれ以上に大きく揺れた。あと三ヶ月もない。アウローラはまだ次の誕生日で十一歳だ。
現状のルートだと、十三歳での学園に入学する話は立ち消えになったと思って良さそうだ。それに仮に城に淑女教育に上がってきても、私は第一王子のマキシム様つき家庭教師だから、大丈夫。まだ繋がりは切れていない。




