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転生家庭教師のやり直し授業◆目指せ!教え子断罪回避◆  作者: ナユタ
◆第五章◆

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*17* 言葉の壁と愛の壁の板挟み。


 久々の王城勤務を一日こなし、お泊まりに来たいと駄々をこねる教え子と、何故かそれに便乗しようとする王子二人をホーエンベルク様の助力で引き剥がし、疲弊して屋敷に戻った。


 父もアンナもまだ帰っていなかったので、着替えもそこそこにあの少年を寝かせている部屋を訪れる。


 私の留守中に看病してくれるよう頼んでいたメイドと交代し、部屋の外で執事に待機してもらって、ドアを開けたまま部屋に入り、ベッド脇の椅子に腰をおろす。病人ではあるものの流石に暗殺者という職業柄物騒なので、きっちりと両手足を拘束してある。


 固く目蓋を閉ざした銀灰髪の少年の額を、いつものように水を絞った布巾で拭おうと手を伸ばしたそのとき、いきなり彼が目蓋を持ち上げて飛び起き――。


「……ヴィテッチェ!! スラーブラカ・ラマ!!」


 聞いたことのない言語でそうまくしたてたかと思うと、生暖かい感触を頬に感じる。それが目の前でベッドに飛び起きた少年が吐きかけた唾だと気付くのに、ほんの一瞬間が空いた。


 ――が。


 部屋の外にいた執事が飛び込んできたかと思うと、少年の顔面に往復ビンタをかまして再び寝付かせてしまった。我が家の使用人は少々戦闘力が高い。領地の家令も槍術を嗜んでいて、よく簡単な体捌きを教えてもらったものだ。


 初老とは思えない滑らかな手首のスナップに感心していると、振り返った彼が好好爺の顔で「お嬢様、お顔を洗って来られては?」と、胸ポケットから取り出したハンカチーフでサッと唾を拭ってくれる。紳士の鏡。


 突然のことだったので、ぼうっとしたまま「そうするわ」と返して部屋を出たものの、私と入れ代わりに部屋に呼ばれたメイドに「物置の片隅を片付けて、荒縄と水瓶の用意を頼みますよ」と言っているのを聞きつけ、慌てて部屋に舞い戻った。


 残念がる執事を宥め、父とアンナを出迎える準備を頼んで部屋から退場させ、もう一度椅子に腰をおろす。二十分ほど汗を拭ってやり、部屋の外にいるメイドにボウルの水を換えてもらったけれど、少年はその間に何度か譫言を呟いた。


「良い子ね……大丈夫よ、ここにいるわ」


 何と言っているのか分からないのに、思わずそう声をかけてしまうような表情は見ていて胸が痛む。小一時間ほどしてにわかに階下が騒がしくなり、父とアンナが帰宅したとの報せを受け、部屋を出て二人を出迎えたのだけれど――。


「彼が目を覚ましたそうじゃないかベルタ。父様も挨拶したいからそこを開けてくれないか?」


「いいえ、お父様。失礼ながら明らかに挨拶したい目ではありませんわ」


「そんなことはないさ。執事(ショーン)から彼が寝惚けているようだと聞いたから、少し顔を洗う手伝いをしてあげるだけだよ」


「逆さ釣りにして水を張った水瓶に浸けようとする行為は“少し顔を洗う”ではなく、拷問です。落ち着いて下さい」


「ではお姉さま、言葉が通じないらしい彼に、名前の綴りを訊ねるくらいは構いませんわよね?」


「普通に紙とインクとペンを持ってくるなら構わないけれど……どうしてそんなに分厚い小説の書き損じを持ってきたのか聞いてもいい?」


「ふふ、お姉さまったら両手を拘束しているのにペンは持てないでしょう? 紙の端で指先を切りつければインクと筆記具が揃うじゃない」


「アンナの発想力は凄いわね。でも駄目よ。紙の端で切った傷は治りが悪いわ」


 ……一歩遅かった。執事からすでに一部始終の情報を聞いてしまったらしい。


 彼を逆さ釣りにして水を張った水瓶に浸けようとする父と、小説を書き損じた紙束の端で彼の指先を更に切りつけようとする妹を前に、愛が重すぎる故の狂気に戦慄する。


 ちなみに執事は普通(?)に天井からぶら下げ、下穿きを着用させずに下に空の水瓶を置いておけば必要最低限の世話で済むと豪語して、私を震え上がらせた。


 ここにオフェンス=屋敷の全使用人と父、妹。ディフェンス=私。という世紀のアウェー試合が幕を開けようとしていた。この屋敷内で彼の人権を守れるのは、どうやら拾ってきた私しかいないようだ。


 その後ようやく二人を宥めて夕食の席に着き、今日の出来事を話しながらの穏やかな団欒に持ち込んだものの、やはり話題は未だ落ちたままの少年のものになる。


「――というわけで、私には彼が何と言ったのかさっぱり分からなくて。短い言葉でしたが、少なくとも近隣国の言葉との接点はないように思えます」


「ふむ。しかしベルタを害するように命を受けたのは間違いないのだから、ひとまず言葉が通じないとは考えにくい。単に起き抜けで動揺したから母国語が飛び出しただけならいいが、あれは国境線で揉めていたリベルカの民だ。この国であの者達の言葉をわざわざ通訳しようとする人間はいない」


「では、彼がこちらとの意志疎通を拒絶してわざと母国語を使っている場合、誰にも通訳できないということでしょうか?」


「そういうことだ。その場合はあれから有用な情報を引き出すのは難しいだろう」


 私の問いかけに父がパンを千切る手を止めて眉間に皺を刻む。すると隣で私達の会話に耳を傾けながらポタージュを飲んでいたアンナが、さも名案が浮かんだとばかりに笑みを深めて口を開いた。


「ならもう城の騎士団に直接引き渡してしまえば良いのよ。そうすればお父さまもわたしも手を汚さずに済むもの。あんな無礼者をこのまま置いていても、使い古したホウキより我が家の役に立ちませんわ。ね? そうしましょうお姉さま」


 ――我が家のお姫様はキレッキレである。どうにも父とは違い、未だに彼への殺意の波動が抑えられないようだ。歳が近い弊害だろうか。


「まぁ、アンナったら……舞台映えしそうな台詞ね。可愛い悪女さん」


「え、そう? お姉さまがそう言うなら次の作品に加えようかしら」


 まずい……私の遠回しな窘めの言葉が、ポジティブな変換をされて大変なことになろうとしている。チラリと救援を求めて父の方に視線をやれば、すぐに察してくれた父が頷き、口を開く。


「では、一度ホーエンベルク殿に訊ねてみてはどうだ。彼は国境線での従軍経験がある。恐らく捕虜にしたリベルカの者達と言葉を交わす機会もあっただろうし、彼はお前ほどではないが語学が達者だ。当時を思い出すのは面倒だろうが、ベルタの役に立てるなら彼も喜ぶさ」


 結論。

 我が家は身内に対して以外はドSしかいないらしい。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ベルタ姉さん、参考になるわぁ……(*゜◇゜) 諸々の技をうちの娘たちの防衛術に加えなきゃ(いそいそ) いいんですよ。超過剰防衛でも女性は大抵許されますからねっ(嘘吐き一閃) そんでもって…
[良い点] エステルハージさん家、面白いわ〜。゜(゜ノ∀`゜)゜。アヒャヒャ
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