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*11* 一旦完結させようかな。


 手持ちぶさたな昼下がり。コーゼル家での家庭教師日は以前までと変わらないので、非番の日も当然同じである。


 いつもよりゆっくり起床して、いつもよりゆっくり食事をとり、いつもよりゆっくりお茶の時間を楽しんでも時間が余ったので、これまでの出来事をちょっと振り返ってみることに。そうしてみたことである答えを導き出せた。


「うん。やっぱりそうしよう」


 書き物机の上に広げた分厚い日記帳をめくり、薄れ始めた前世のゲームチャートを組み立ててきた頁を見て結論が出た。転生した日付の頁に走り書きを加え続け、そのたびに回避をしまくったチャートが繋がるバッドエンディングは、もう今の時間軸には存在しない。


 事件からもうすぐ四週間。

 その間に登城した回数は、ゼロ。


 危険が及ばないようにとお互いに距離を取った結果、ホーエンベルク様達とも何となく疎遠になってしまったのだ。捜査のことで簡潔な伝言が届きはするものの、事件の全貌どころか敵の尻尾先の毛一本むしれていない。


 八方塞がりだけれど最近ふと思うのだ。毎日コーゼル家に出向いて教え子の授業をし、時にフェルディナンド様やアグネス様とのお茶を楽しみ、遊戯盤の構想を練ったりしていると“もうこのままでも良いのではないか?”と。


 私の現状は絶対死ぬ未来しかなかった教え子にこれまでとは違う婚約者ができて、いわば当初の目的を達成した上で元の生活に戻っただけだ。このままゆっくりと王都の生活からフェードアウトしていって私が領地に戻れば、このおかしな状況も解決する気がしてきた。


 ――……単に進捗情報がなさすぎて疲れただけと言えなくもないけれど。


 それに元々の狙いが私達姉妹の存在なのであれば、劇団の方は被らなくていい被害を被っただけだ。仮に結婚後アンナがヴァルトブルク様とこちらに住んで劇団を続けるなら、領地経営の方は昔と同じく私がやればいい。


 ヴァルトブルク様が元々向いていない王城勤務をしたくないのなら、これからは劇作家一本に絞ってしまうのもありだし、むしろその方がアンナも喜ぶだろう。フェルディナンド様とアグネス様とは子爵家同士の間柄だから、今後も付き合いを続けることは可能だ。

 

 まぁ……ホーエンベルク様とは難しくなるだろう。マキシム様とフランツ様、それに可愛いアウローラに至っては言うに及ばない。寂しいけれど潮時だ。


「うん……よし、破綻が一切ない完璧なプランだわ。今晩アンナとお父様が帰ってきたら相談してみようっと。たぶんアンナは多少ごねるだろうけど、お父様は元から私が王城に上がるのを嫌がっていたから大喜びしそうね」


 独り言を呟きつつも、毎晩疲れた顔をして帰ってくる父の疲労の何割かが、私がここに残り続ける我儘のせいだと知っていた。子煩悩で反抗期のアンナには少々煙たがられていても、父は有能な文官だ。


 一日の仕事量をこなすくらいわけもない。なのに毎日疲れているのは、私へ送られてくる手紙の妨害作業と、話したこともない同僚から持ちかけられる縁談話を煙に巻く作業が足を引っ張っているからだ。


 本来ならあんなに大量に求婚の手紙をもらえる器量ではないのに、私が侯爵家の娘に続き、第一王子の家庭教師に抜擢されたばかりに父には迷惑をかけた。


 でも自分が結婚して家庭を持つビジョンはまだ浮かばない。幸い嫁がないでも気にしないでいてくれる感じなので、この先私が文字通り独身貴族で過ごしても何も言われないだろう。次の目標は少し気が早いけど、妹の子供の家庭教師になることに設定しようか。


 最後に引っ張ったチャートの先に“ハッピーエンド”と書き添えて、上から大きく花丸を描く。これであの子はもう大丈夫。あとは私という舞台装置が去れば、この世界(ゲーム)は完結だ。今後は私が自分の人生を天寿まで生きれば良い。


 新しく立てた人生プランに満足して表紙を閉じ、日記帳の端についている小さな鍵をかけて鍵と本体を別々の場所に隠していたら、部屋のドアがノックされた。


 カモフラージュのためにベッドまで移動して「どうぞ」と応じれば、入室してきた侍女から「アンナお嬢様から伝言が届いております」と、可愛らしいカードを手渡される。


 そこには留め跳ねに癖のあるアンナの文字で“劇場の皆と次の公演の演目で意見が割れちゃったの。わたしの味方に来てお姉さま!”と書かれていた。


「ふふ……姉使いの荒い子ね。少し劇場まで出かけるから馬車の用意をお願い。遅くはならないと思うけれど、もしもお父様の方が早く戻ったら、私が話したいことがあるので帰宅後の気付けは一杯だけにしてと言っていたと伝えて頂戴」


「はい、かしこまりました」


「それと何か大人数で分けて食べられるお菓子で、美味しいお店があれば教えて欲しいの。使用人の皆なら知っているかしら」


「劇団員の皆様へのお土産ですか?」


「ええ。美味しいものを食べながらの方がきっと話も上手くいくわ」


 正確には胃袋を掴んで大人しくさせてから、妹の都合が良い方向へ話題の誘導をしようという姉心だけど。隣で「責任重大ですね」と表情を引き締めてくれる優しい侍女には言わずにおこう。

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