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*6* 二度目の公演初日……って?


 勝負の日の朝というのは、人生で何度味わったところで慣れることなどないのだろう。小さな劇場前はすでに前回初日の観客数を越え、今日の舞台が前回よりさらに期待されているのだと分かる。


 そこで前回の舞台乱入(ハプニング)の経験をいかして、今日はいきなりどこに出されても恥をかかないように、侍女達任せのコーディネートで全身を固めてあった。


 新緑のスカートに山吹色のブラウスと白いレースショール。髪は半分を編み込み、残りは束ねてハーフアップ。ちょっと可愛らしすぎる気もするが、彼女達の美的感覚の方が私よりうんと良いのは揺るがない事実。


「いやー前回の初日公演といい今日といい、良い天気で良かったねー。晴れてる方が広告のドレスも目立つから注文数に期待が持てるよ」


「うふふ、これもわたし達の日頃の行いの良さですわ~。せっかく素敵な格好をしているのに雨では気分が下がりますものね~」


「アグネス嬢の言う通りだ。しかしこの天気で公演初日とは、帰った後のフランツ様達の機嫌は最悪だろうな」


 三者三様の言葉ではあるものの、私は最後のホーエンベルク様の言葉に同意の意を込めた苦笑を浮かべる。


「それは仕方がありませんわ。この人混みですもの。それにきちんと最終的には納得して下さいましたし」


 前日の授業後のお茶の時間は散々アウローラ達に駄々をこねられたけれど、流石に第一王子と第二王子とその婚約者を、人でごった返す初日公演に連れてこられるわけがない。だからこうして家庭教師陣だけを先にご招待してあるのだ。


「ベルタ先生、オレ達の相手はもう良いからさ、そろそろ準備に戻りなよ」


「あら、そうですわね~。挨拶だけのつもりだったのに、引き留めてしまってごめんなさい」


「公演が終わったらまた劇場の裏口で落ち合おう」


「気を遣わせてしまって申し訳ありません。では、また後で」


 三人に背中を押される形で開演まで残り四十分を切った劇場の中に駆け込み、最終確認作業に従事する。うちは雑用や大道具も基本的には皆でこなすものの、こういう時に手が空く人材はほとんどいない。理由は単純に全員が役者だからだ。


 視界の端ではヴァルトブルク様が団員達と最後の台詞合わせをし、その隣では今日の舞台の主人公のドレスと同じものを身に纏ったアンナが、観客への挨拶の練習をしているところだ。すぐ傍には同じ格好の女性団員もいる。


 主人公役の女性団員は背格好も妹と似ているので、並ぶと遠目にはまるで双子のようで微笑ましい。彼女も勿論我が領地の子だ。皆がどんどん成長していく姿を見ていると、時々あの領地で初めて舞台を上演した日から、随分と遠くに来てしまったように感じる。


 教え子の人生を変えるためにここまで精一杯走って来られた。だけどここから先、何を目標にして走って行くのだろうかと感傷的なことを考えてしまう。しかしその時、舞台の裏口から誰かが入って来るのが見えた。照明が暗めなのでここからだと顔が見えにくい。


 前回もお世話になった舞台記者かとも思ったものの、彼とはさっき表で顔を合わせたところだ。背格好も違う。では団員かとも思ったが、いまは皆舞台の方で最終打ち合わせ中だ。


 マナーのなっていない部外者かもしれない。皆開演直前で忙しそうだ。声をかけて緊張の糸が切れたらまずい。


 でももしも暴れられたら一人で取り押さえられるだろうか? しかし悩んでいる間にも裏口から楽屋の方へ歩み去ろうとする侵入者の姿。


 あちらには劇の最中で着替える服がいっぱいあるのだ。あれがライバル劇団の人間なら何をされるか考えて――……覚悟を決めた。最悪狭い通路を抜けた先にある楽屋からここまでは、全力で叫べば何とか聞こえるはずだ。


「ええと……背後から誰何(すいか)するのはかえって危ない。気付かれる前に狙うのは、脚、男なら◯◯、女なら何とかなるとして……話が通じなさそうならとにかく叫ぶ。上半身は避けられやすいから、無理に攻めない。覆い被さられたら、唾を目に吐きかけて、そのあとは……」


『いいかいベルタ。目は柔らかいから、女の子でも簡単に潰せる。目を潰して相手が怯んだら、次は耳を両側から全力で平手打ちだ。三半規管が死ねば、もう何もできないからね。後片付けには父様を呼びなさい』


 幼い頃からの父の教えを思い出しつつ武器に使えそうなホウキを手に、侵入者の後を追った。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 闖入者よ何もせずにそのまま帰れと思ってしまうパパンの訓え… >後片付けには父様を呼びなさい パパン最高や!(*´艸`*)
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