腕 04
24
煮えた油の下に、梯子がかかっている。
すでに敵兵が三人ほど登りはじめていて、必死の形相であった。
油を運んできたテイが、壁の下を覗く。敵兵と目が合ったのか、テイの顔が一瞬引きつった。しかし傍にいたシカの声に押され、テイの手にある油が零れ落ちる。わずかの間を置いて、梯子を登っていた敵兵から絞りあげるような叫び声が上がった。
「落とせ、落とせ!」
テイ以外のところからも、一斉に油が落とされる。おそるおそる零す者もいれば、豪快に流し落とす者もいた。それに合わせ、梯子と壁の下から耳をつんざくような叫び声が上がった。
「油を落としたものは下がれ! 別の者が梯子に火をかけよ!」
卒長の声に、待っていたとばかりの勢いで火を持つ者が駆ける。次々に梯子へ火をかけ、最後に壁下へ火を落とした。
しばしの間を置いて、壁の外が赤く染まっていく。
昨日の焼け残りも再燃したのだろう。猛る熱が壁の上までせまり、キョウらの傍まで寄せてきた。
「これで一息つけるか」
「まさか。火のないところに新たな梯子がかかるだけよ」
安堵の色を示したカンに、ハツが呆れる。彼の視線の先に、火の上がっていない場所がいくつか見えた。その下からは、敵兵の雄たけびが上がってきている。すぐにも多数の鉤縄が飛び込んでくるだろう。
「火を落とした伍は、弩を構えよ!」
卒長から声が飛ぶ。
キョウのいる伍と、周囲の二十人ほどが、足元に転がる弩を拾いあげた。熱に当てられ緊張が取れたのか、弩を構える者たちに焦りの色はない。
「迫ってきているな。はっは」
「おい、頭上げ過ぎるな。ここらはそろそろ矢が飛んでくるぞ」
「あいや。すまん。はっは」
「おい、もう撃つぞ。出来るだけ中てろ」
「よしきた」
狂ったような恐怖と高揚を打ち消す雑談が飛び交い、二十五人が弩で狙いを定めていく。弩の扱いになれていないキョウも、壁に迫る敵兵に狙いを定めた。
壁下の敵兵が、一斉に鉤縄を投げようとする。その直前、矢が放たれた。
中って崩れ落ちる者と、中りながらも鉤縄を投げる者。その後ろから、いくつもの梯子が立ち上がっていく。一人二人打ち倒して、喜ぶ間もない。
「なんとも、きりがない」
「戦だ。しかも籠城だからな」
シカがうなり、キョウもうなる。再び弩を構え、矢を放つ。
鉤縄が多く飛び過ぎれば、キョウは駆け込んでいって、縄をことごとく断ち斬った。伍を越えた行動を咎められる可能性もあったが、構うことなくキョウは駆けつづけた。生き残るためだ。
しばらくすると、鉤縄と共に無数の矢が頭上を飛びはじめた。中ててくるというより、牽制だろう。あまりに長く縄も梯子もかからないので、しびれを切らしたのだ。しかし壁を登ろうとしている兵に中てないよう気を配っているおかげで、壁の上のキョウたちにも中りそうになかった。
「今寄せてきてるのは、ほとんど民兵だな」
「そうさな。弱い。飛んでくる矢もそよ風のようじゃ」
「このまま夜になればいいが」
「そうもいくまいよ。この壁が一番激しくなるはずだからな。ほれ、あそこ。もう登ってくるぞ。いかんいかん」
傍にいた兵の一人が、壁の上を指差した。見ると、卒長から遠く離れて戦っている伍の下に、梯子がかかっていた。鉤縄も断ち斬れておらず、十数人の敵兵が登りはじめている。
「油を落としてもいないようだ。まずいな」
「シカ」
「行ってこい、キョウ。本当は俺も行きたいが」
「すぐに戻る」
シカの声を背に受けて、キョウは駆けた。壬隊の兵はキョウの遊撃ぶりを何度も目の当たりにしていたので、すぐに道を開けていった。おかげでキョウは、梯子がかかった場所まで手間取ることなく辿り着けた。
「俺が食い止める。油と火の準備をしろ」
「火がないんじゃ」
「なに?」
「さっき消えた」
「じゃあ、隣から持ってこい」
狼狽している兵に、キョウは隣の伍の先にある火を指差してやった。焦っていなければ、すぐに火を分けてもらえていたはずだ。しかし怒鳴りつける暇はなかった。かかっている梯子から、敵兵の顔と剣が姿を見せはじめていた。
キョウは剣をぐるりと回して、梯子を登ってきた兵の一人を撃ち落とした。つづけて、壁にかかった縄を断ち斬っていく。しかしすべて断つことができず、数人の敵兵が壁の上に登ってきた。




