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腕 02

    22


 その日、北壁の守兵に下った命は単純だった。

 いや、もしかするとすべての壁で下された命かもしれないが、キョウらに知る術はない。ただ、妙なことを言うなと、皆が皆、首をかしげた。


「壁に迫って登りはじめるまで、一切の攻撃をしてはならない」


 卒長の言葉に異を唱える者はいなかった。しかし半数以上のものが不安の色を隠し切れないでいた。


 やがて敵陣から、鼓の音が響いてくる。

 収まりかけていた砂煙が再び上がり、万の雄たけびが天を衝いた。


 鳥の群れが立つ。地が、徐々に震える。

 城壁の上にいる壬隊も皆、身体を震わせた。


「まだ伏せよ」


 卒長の声が鳴る。もしや昨日のように奇策があるのかと、皆が卒長の声に縋った。じっと声を殺し、震えながらも武具を上げず、太く短い呼吸を散らす。


 地の揺れが大きくなっていく。迫っているのだ。空気が痛く、硬い。呼吸ができないのではないかと、奇妙な混乱が頭の芯を打つ。


「まだ、まだ伏せよ」


 地の揺れに合わせ、卒長の声が引きつった。

 手に持つ剣が、カチカチと震えている。しかしぐっと奥歯を噛み、城壁の外に意識を向けつづけている。倣うようにして卒長のそばにいる幾人かも、城壁の外側へ顔を向けた。


 再び、万の雄たけびが天を衝く。

 先ほどよりも地が震え、空気が弾けた。


「変ではないか」


 ぼそりとハツが声をこぼす。


「なにが変なのだ」

「兵数の差など、分かりきっているはずだ」

「そうだろうよ」

「なぜ一気に攻めてこないのか」

「来ているではないか」

「寡兵の敵に向かって、わざわざ脅しながら寄せてきているということが、だ」


 ハツの言葉にキョウは首をかしげる。どこに変なことがあるのか見当もつかない。しかしシカには分かったようで、なるほどと深くうなずく。


「これは昨日の火計が効いておるのかもしれん」


 シカが言うと、今度はハツがなるほどと深くうなずいた。

 なにを言っているのだと、キョウは首をかしげた。テイもカンも同様に、首をかしげる。


「昨日は火。今日は何をしてくるか分からんから、様子を見ておるのだろうよ」


 首をかしげるキョウに、シカが眉を上げる。


「様子など見なくても、一ひねりの兵数差ではないか」

「河北の者共からすれば、こんな小城で兵を無駄に減らしたくないに違いない」

「へえ。そういうものか」


 キョウは首をかしげつつもうなずいてみせる。実のところはほとんど分からない。しかし戦う時間が短くなるのは助かるというものだ。

 シカが言うには、卒長の指示のもとに全員伏せているのが、さらに良いらしい。大軍が寄せているのに静かなままであれば、何か罠があるのかもしれないと勝手に思いこませられるという。そう言われてみればそうかもしれぬと、ようやくキョウもうなずいた。


「じゃあ、今日は戦わずに終わるのですか?」


 テイが震えながら言う。そこまで上手くいくまいと、キョウは頭を横に振った。


「まさか。少なくとも今日は、昨日より激しくなるだろう」

「様子見しているのに?」

「戦には、気の流れがある。止めると、弱るのだ」


 キョウは学問こそ積んでこなかったが、勘の鋭さには自信があった。長く戦に身を投じたためか、言葉にできない勘でも妙に役立つ。


 その勘が、告げている。敵の大軍が放つ気の流れが、弱まっていないことを。それどころかますます盛んになり、城を覆い尽くすばかりになっている。すぐにでも堰が破れ、水の氾濫のごとく襲いかかってくるに違いない。


 直後、地が大きく縦に揺れた。


 欄干の隙間から見える敵の大軍。駆けだしている。数は昨日の比ではない。徐々に三つに分かれ、西壁と東壁に向かう部隊が見える。北側と合わせて、一万はいるだろうか。


 キョウの奥歯が、噛み締めているのにもかかわらずガチリと鳴る。震えを通り越し、跳ねていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 動かない。 だからこそ、怖い。 ましてやなぜ動かないのか? その理由を知ってもその後、どう動くかすら知らされないのは、かなりの恐怖。 敵だけでなく、この恐怖とも戦いながら動かずにいると言う…
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