腕 01
21
目が覚めるより先に、戦の匂いがキョウの身体を震わせた。
土を蹴る音が四方から届く。合わせて、武具の金属音が駆け抜けていった。
「まだ、陽が昇ったばかりではないか」
キョウは身体を起こしつつ、白みはじめている空を見上げた。まだ汚れていない、新しい朝だ。ぼうと見ていると、昨夜の少女の姿が脳裏をよぎった。また明日と言った声も同時に思い出す。
「キョウ、壁へ行くぞ」
「わかった」
シカの声に持ちあげられ、キョウは立ち上がった。カチリと剣が鳴り、身を引き締める。彼の隣で寝ていたカンとテイも身体を起こし、武具を手に取った。眠そうな顔で、あくびをこぼしている。
「ハツは眠くなさそうだな」
「眠いが、長くは寝れんのだ」
「ひどい臭いだったからな」
「それもある」
シカの隣にいたハツは片眉をあげ、長い戈の先をくるりと回してみせた。
北壁へ向かうと、キョウらの伍が所属する壬隊が半数以上集まっていた。卒長の姿も見える。昨日の勇猛な雰囲気はなく、物静かな雰囲気を湛えていた。それが信頼を生んだのか、壬隊の多くの者が卒長を囲み、敬意を払っていた。
次第に足が増え、砂塵が立つ。
ざわめいていた声が落ち、砂と混ざって、空気を重くする。
百人がそろうと、卒長の顔に緊張感が宿った。
「壬隊は、上へ。登ったら、身を低くせよ」
卒長は短く言うと、先頭を切って城壁の上へ駆けあがりはじめた。遅れないよう、百人が後を追う。階段を登りきる直前に卒長は身を屈め、ふり返った。
「低くせよ。行くぞ」
静かに言う卒長の瞳に、力強い色が揺れる。すぐ後ろに付いていた数人が大きくうなずき、全身に力をこめた。恐怖とは別の感情が、彼らの身体を震わせていた。
「シカ」
「なんだ、キョウ」
「今日は生き残れそうな気がする」
「俺もだ」
シカが小さく笑い、キョウの肩を叩いた。叩いてきた手が、かすかに震えていた。槍を持つ手も、小刻みに揺れている。大丈夫かと声をかけようとして、キョウは自らの身体も震えていることに気付いた。剣もカチカチと鳴り、勇んでいる。
「流されておるな」
ハツが言った。彼もまた震えていて、顔が紅潮していた。
「流される以外、生き方が分からん」
「そうさな」
「食いしばって、少しでも長く生きるだけだ」
キョウが言うと、ハツは歪んだ笑顔を見せた。長い戈の先を揺らし、そっと伏せる。釣られてハツの後ろにいる多くの兵も、長柄の武器を伏せていった。
卒長が城壁の上を駆ける。敵からは見えないよう、上半身を下げ、膝を曲げ、滑るように走っていく。あとに続く民兵は、たどたどしく走った。半数はうまく走れず、四つ這いになって進んだ。
昨日と同じように、弩が並べられている。草の束はほとんどない。草の下に置かれていた石や木材、大釜などが露わになっていた。大釜は油を満たしていて、くつくつと煮立っていた。
「今日は奇策無しのようだな」
シカがこぼすように言う。欄干の隙間から外を見て、長く息をぬいた。
「策があったとして、俺らが分かるものか」
「はっは。そうだな」
「ハツ、お前なら分かるか?」
「分からん」
ハツは両肩をすくませて答えると、一度だけ卒長に目を向けてから外を見た。釣られてキョウも欄干の隙間から敵を見る。
白みはじめた空の下に、砂塵が広く、高く揺れていた。
明らかに、昨日より敵兵が増えていると分かる。五百の敵兵を撃ったところでなんの意味もないのだと思い知らされた。キョウは細く息をつく。同時に左右からいくつもため息が落ち、キョウの吐息をかき消した。




