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城 02

 籠城の準備というのは、延々と力作業だ。城壁の上まで、石や木材などを運びつづける。壁を登ってくる敵兵目掛けて落とすためだ。落とす物は多ければ多いほどいい。


「釜まで落とすのか」


 若い男が、キョウとシカが運ぶ釜を見て笑った。確かにこの大釜を落とせば、石と同様の力を発揮するだろう。しかし、キョウとシカは彼に笑い返し、頭を横に振った。


「お前は、城攻めも籠城もしたことがないのか」

「ない。籠るのは楽だと聞くが」

「楽なものか。特に俺たちはな」


 シカが言うと、キョウは深くうなずいた。

 民兵にとって、籠城は息苦しいものだった。負けたからと、いつもの戦場のように逃げることができないからだ。

 城内で戦う者はみな、強制的に同等の危険を背負うこととなる。正規兵も、住民も、城が落ちればほとんどの者が死ぬ。運良く生き残っても、略奪と凌辱によって老若男女問わず苦しむことになる。健やかに生き残るためには、勝つしかない。


「だが、今回は少しくらい余裕があるかもしれん」


 大釜を運びながら、シカが言った。若い男は首をかしげ、なぜだとたずねた。


「正規兵の姿を見ろ。みな戦っていない。最初からこの城で迎え撃つつもりだったのだろうさ」

「だが、たくさん死んだ」

「実際は、それほど死んでいないかもしれん。暮れていたからな」


 シカの言葉で、キョウは夕暮れ時に総崩れとなった瞬間を思い出した。間違いなく多くの者が死んだはずだった。だが、ふり返りながら確認したわけではなかった。しかも暗かったので、味方全体がどうなっているのかもわからなかった。シカの言うとおり、死んだのは前線に立っていた兵士たちだけだったのかもしれない。


「それで。迎え撃つつもりで準備していたと?」

「早くから、そうしていたかもしれん。以前から、河北(黄河の北側の地方)のやつらが攻めてくるという噂は聞いていた」

「ほう」


 それでと、若い男が身を乗り出す。直後、怒鳴り声が後方からひびいた。ふり返ると、大柄の正規兵が一人、こちらをにらみつけていた。


「さぼれば、戦の前に死ぬかもしれんな」

「そうさな」


 若い男とシカは軽口を交わしてすぐ、離れていった。やれやれと、キョウがシカの後を追う。長いこと大釜を持ったまま立っていたので、二人の手のひらはかすかに痺れはじめていた。城壁の上へたどり着くころには、両腕が震えあがっていた。


「なんと情けない。まだまだ運ぶというのにな」

「この大釜が大きすぎたのだ」


 ため息を吐くキョウを、シカが笑い飛ばした。

 城壁の上は、多量の草が敷き詰められていた。雨によって土壁が崩れないようにするためのものだ。戦の最中は取り除かれるが、終わればまた敷き詰め直さねばならない。荷運びが終われば、これらを下ろすように命じられるだろう。シカとキョウは大釜を下ろすと、短く息を吐いてから背を大きく伸ばした。


「見ろ。夕焼けだ」


 城壁から外を見るシカが、笑顔でキョウを誘った。

 地平線の先に、陽が落ちようとしている。地と空を燃やし、真っ赤に染めあげていた。


「血のようだな」

「まったくだ。だが、すごいな」

「ああ」


 素直に美しいと思えないことに、キョウはわずかな虚しさを感じた。身体の奥にまで染みついた、刃の音。血と肉の感触。目に見えるものすべてを濁らせているのだ。いつかそのうちに、また美しいと思える日が来るのだろうか。そんな時代が、この戦の果てにあるのだろうか。


「キョウ」


 シカの声が遠くでひびいた。いつの間にか、城壁を降りはじめていたのだ。あわててキョウは彼の後を追った。柄にもないことを考えたものだ。キョウは心の中で、小さく自嘲した。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 何という感覚でしょう。 いのちと言葉のやり取りが。 ヒリヒリとした時間が、読んでいる自分の呼吸すら止めざるを得ないような感覚。 一話ごとにため息のような、自分がその場にいるわけでもないのに…
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