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敗走

 稲妻が駆け抜けたか。

 肌を貫くような歓声と共に、血のにおいが視界を黒く染めた。

 

 戦に負けたのだ。

 勝利を確信した敵兵が、殺到してきている。周囲にいる味方の兵士たちは、傷一つ負っていないのに、翻りはじめた。今すぐ反転しなくては、前方から退いてくる味方に、踏み殺されるからだ。


「キョウ! 走れ!」


 耳元で、声がひびいた。

 見ると、血相を変えた男の顔が映った。


「死ぬぞ!」


 男は、キョウの肩を叩き、後方へ走り出す。

 瞬間、地鳴りのような音がひびき渡った。


「馬だ! 騎兵だ! くそ! 足を止めるなよ!」


 男が叫びながら遠ざかっていく。

 我に返ったキョウは、翻った。走る。凸凹の地面を飛ぶよう駆ける。

 凸凹の地面の正体は、死体だ。少し前まで、必死の形相で戦っていたはずの味方の兵士たちだった。

 人の身体を踏むと、走る速度が落ちる。最悪、転倒する。

 転倒すれば、味方に踏まれて死ぬか、敵に踏まれて死ぬかだ。


 今は、味方に踏まれて死ぬ。

 運良く生き残っても、殺到する敵の刃に刈り取られる。


「シカ!」

「ここだ! キョウ! 止まるなよ! 俺も止まらん!」


 シカと呼ばれた男は、キョウのすぐ前を走っていた。

 槍を高く掲げている。目印にしているわけではない。低く構えて走れば、周囲の味方に当たるのだ。一度でも当たれば、数人が共倒れになる。


「離れるな! 密集しろ!」

「シカ、馬が来る」

「馬は、密集した人の塊に飛び込めん。遅くなっても、散るな」


 シカが叫ぶと、周囲の味方兵が集まってきた。

 一縷の望みに、縋りたいのだ。正誤を考える暇はない。声が大きいと、言葉に力が付く。


 後方から、悲鳴が聞こえた。

 女のような声だと、キョウは思った。悲鳴はすぐにつぶれ、汚い音に変わった。


「追いつかれるぞ!」

「分かってる!」


 キョウが叫んでも、シカは止まらない。

 直後、後方から衝撃が走った。密集して走る味方全体に、衝撃が伝播する。幾人かが大きく揺れ、消えた。その後方を走っていた数人も消える。


 衝撃の元になるものが、近付いてくる。

 キョウの全身から、汗が噴き出した。汗が痛いと感じるのは、いつぶりだろうか。

 全力で駆けながら、わずかに視線を右にずらす。


 馬の頭が、キョウのすぐ隣にあった。

 獣の荒い息遣いが、耳を劈く。首と、背中にヒヤリとした風が流れた気がした。


「うわああああ!」


 キョウは叫びながら、槍を左手に持ち替えた。

 右手で短剣を抜き、馬の頭目掛けて突き出す。わずかにそれて、剣は、馬の首を貫いた。キョウのすぐ傍で吐き出されていた荒い息遣いは、壊れたように泣き叫ぶ。がくりと崩れ、視界から消えた。同時に、後方で激しい音がひびいた。人が落ちる音と、潰れた音と、潰れた声が同時に鳴った。


「森がある、飛び込め!」

「シカ! 馬を殺した!」

「飛び込め! キョウ! 次の馬が来る!」


 シカの声に、キョウは頷く。

 無言の頷きに気付くはずもないが、シカは槍を高く掲げた。


 前方の森。暗い。

 味方が飛び込んでいく。暗闇が、飲み込むようにも見えた。


 味方の足音が減っていく。

 代わりに、地鳴りのような馬の音が、後方で増した。


 追いつかれれば、死ぬ。

 いや、さっき追いつかれたではないか。もう、死んでいるのではないかと、キョウは思った。


 暗い森が、迫る。

 先を駆けるシカが、飛んだ。大きな身体が、森に飲み込まれる。

 同時に、並走していた味方の兵も飛び込んだ。幾人かは、転んだ。こいつらは起き上がる前に、撃たれるだろう。

 同じになってはならぬと、キョウは地面を蹴った。

 飛び上がり、宙を走る。

 

 時間が、止まったようだった。

 森の中から、シカの顔が見える。キョウを見て、腕を振っていた。何をしているのだと、キョウが訝しむ。

 直後、シカが、持っていた槍をキョウに向かって投げつけた。

 飛んでいる途中のキョウは、避けられない。何故とも、考える暇すら無かった。


 飛んでくる槍が、キョウの頭の横を通過する。

 耳元に風の音が鳴った。同時に、キョウの後方で、絶命する人間の声がこぼれた。


「来い!」


 シカが手招きして、森の奥へ走っていく。

 キョウは森の中に着地すると、間髪置かずにシカを追った。


 すぐそばを、味方の兵が幾人か駆けている。

 草葉の擦れる音が、広く、震えて広がった。


 はるか後方で、幾百もの断末魔が轟く。

 そのすべてが、自身の名を呼んでいる気がした。


「振り返るなよ」

「振り返らん」


 シカの声に、キョウが頷いた。

 シカの声は、かすかに震えているようだった。

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