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夜霧の騎士と聖なる銀月  作者: 羽鳥くらら
第2章
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【2-81】人を疑う難しさ

 ◇



 エドワードが呼んできた医者からの診察を受けた後、キリエはリアムに引き摺られるようにして自室へ連れて行かれ、寝台で横になっていることを強制されていた。

 ランドルフが王国騎士団の小隊ひとつを伴って戻って来たことや、荒れ放題の応接室の様子など、気になる要素が多々あるキリエとしては寝ている場合ではないという心境なのだが、リアムが決して許可しようとしない。他の者に任せておけば大丈夫だと繰り返す彼は、断固としてキリエを部屋の外に出さず、自身も傍に張り付いていた。


「リアム、君のほうが酷い怪我をしているのですから、部屋で休んでいたほうがいいのでは?」

「いや、俺はここにいる」

「でも……、ほら、すぐ隣ですし。君が休んでいる間は、僕も歩き回ったりせず、ここでおとなしくしていますから」

「俺はここにいたい。……駄目か?」

「駄目ではないですけど……、それでは君が休まらないでしょう?」


 リアムは寝台の端へ遠慮がちに腰を下ろしているが、本当は彼のほうこそ足腰を伸ばして休むべきだ。頑として動こうとしない側近に対し、キリエは困惑している。そんなキリエの様子を見て、リアムは申し訳なさそうに眉尻を下げた。


「すまない。俺がいたら、キリエも休むに休めないよな」

「いえ、そうではありません。僕はただ、君にもきちんと休んでほしいだけです」

「……今は、お前の傍にいたいんだ。それが一番、心が休まる」


 そう言って項垂れる彼は、マデリンを前にして殺気を滾らせていた男と同一人物とは思えない。キリエは起き上がり、布団の上を這うようにしてリアムへと近づき、彼の顔を覗き込んだ。

 いつも凛としている藍紫の瞳が、今は不安を浮き立たせている。彼がどれほど切羽詰まっていたのかを改めて思い知り、キリエは胸を痛めた。


「リアム、ごめんなさい。僕がもっと注意深ければ、君の言うことをきちんと聞いていれば、君にそんな怪我をさせたりしませんでした。応接間も荒れませんでした。それに、また君にとても心配を掛けてしまいました。……ごめんなさい」

「いいんだ、キリエ。謝らないでくれ。お前が悪いんじゃない」


 頭を下げるキリエの髪を、リアムの手がそっと撫でてくれる。その動きは、まるでキリエの存在を再確認するかのように、いつもよりもゆっくりとしたものだった。


「──ただ、今回のことで分かってもらえたと思う。本当に信用できる身内以外とは二人きりにならないようにしてほしい」

「はい。今後はもっと、何でも君の意見に従うようにします」

「違うんだ。俺は、お前を意のままに扱いたいわけじゃない。キリエ自身の考えをきちんと尊重したいと思っている。だが、身の安全に関してだけは、最優先事項として慎重に考えてほしい。……万が一、死んでしまったりしたら、もうどうにもならないのだから」


 キリエは頷き、リアムの瞳をまっすぐに見つめる。


「僕は、人を疑うことに不慣れです。マデリンのことだって、二人きりで誠意をもって話せば分かり合えるのではないかと、本気で思っていました。……僕の考えは、甘かったのでしょう。今日はそれを痛感しました」

「キリエ……」

「僕は、なかなか人を疑えません。人を丸ごと信じるより、根拠を持って疑うことのほうが難しいからかもしれません。──でも、僕は君のことを誰よりも信じています。それは僕の中で最も確実なことです。だから、これからは、リアムが疑わしいと感じた人がいたら、僕も疑いの目を向けるようにします。……君を頼りにしてばかりで情けないですが、どうか知恵を貸してください」


 リアムはキリエの両肩に手を置き、真摯に見つめ返してきた。


「勿論だ。俺が持つ知識や情報は、全てキリエのために役立てたいと思っている。お前が必要としてくれるのなら、いくらだって助言しよう。……だが、忘れないでくれ。キリエの心や思考は、キリエ自身のものだ。俺に感化されなくていい。お前らしい心があってこそ、成し得るものがあるのだから」

「そうでしょうか……」

「そうだ。……マデリン様も、少なからず救われた気持ちを抱いたはずだ。あの場で彼女に寄り添おうとしたのは、キリエだけだった。俺は、お前のその心が間違いだとは思わない」


 大泣きした後、マデリンは暴れることも騒ぐこともせず静かにしており、おとなしく連行されたらしい。悲壮感を漂わせることも偉そうな態度を見せることもなく、どこかさっぱりとした面持ちで連行されていたそうだ。


「マデリンは、今後どうなるのでしょうか」

「国境近くに幽閉塔がいくつかあるから、そのひとつに幽閉されることになるだろうな。当然ながら、次期国王候補からは外れる。外を出歩く機会があるかどうかも、分からない」

「……そうですか」


 命を奪わなかったとはいえ、そのような生活では、彼女は「生きている」と云えるのだろうか。新たな悩みを抱え始めたキリエの背を撫で、リアムはやわらかく微笑んだ。


「とにかく今は、自分が回復することを一番に考えてくれ。……大丈夫だ。キリエには、俺も、この家の皆も、他にも味方がたくさんいる」

「……はい」


 気丈に頷きながらも、キリエの胸中には数多の不安が渦巻いていた。

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