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夜霧の騎士と聖なる銀月  作者: 羽鳥くらら
第2章
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【2-79】及第点の説得

「キリエ。君のその博愛主義な部分は愛すべき長所だとも思うが、この場では短所なのだよ。マデリンは、本気で君を殺そうとしていた。命を狙う者を生かしておく利点など無いだろう。マデリンと繋がっている同志がいるなら炙り出しに使えるかもしれないが、彼女は哀れで愚かな孤軍なのだよ」


 ジェイデンの言葉に後押しされたかのように、リアムが剣の柄を握り直す。このままでは、あと数秒の間にマデリンは殺されてしまうだろう。キリエは、咄嗟に叫んだ。


「利点はあります!」

「……何?」


 ジェイデン、そしてリアムも、驚いたようにキリエを振り返る。とはいえ、マデリンが逃げ出せるような隙は見せない。剣を突き付けられている王女は、恐怖と緊張が色濃く出た顔で様子を窺っていた。


「ジェイデン。君が王位に就いたなら、僕を大使にする。しかも、聖なる銀月の大使という仰々しい肩書の大使に。──君は、そう言いましたよね?」

「ああ、確かにそう言ったのだよ」

「命を狙われたからといって、その場で断罪して命を奪い取るのが、各地や各国と交渉する大使に相応しい行いでしょうか? ましてや、今の断罪対象はマデリンです。次期国王候補、王女なのです。処刑したことを容易に隠蔽できるような立場ではなく、彼女が殺された事実は王国中に広まってゆくでしょう。噂話は、田舎にだって届きます。国境だって、越えてしまうかもしれません。申し開きの時間すら与えず独断で処罰するような大使が平和や理想を語っても、説得力が無いのではないでしょうか。王国内各地、隣国、どちらの交渉においても悪影響が出てしまう恐れがあります。……よって、僕は、この場での処刑には反対します」


 我ながら苦しい論述であるという自覚はあったが、それでもキリエは涙交じりに必死で語った。頭の回転や賢さに関して、ジェイデンに勝てる要素はまるでない。言い負かされてしまう可能性も高い。

 しかし、ジェイデンはふっと微笑んで表情を和らげた。


「ギリギリ及第点に届くかどうか、といったところかな。正直なところ、今の君の言葉は穴だらけで、いくらでも論破できる要素があるのだよ。──だが、まぁ、僕は基本的に兄弟に甘い。半泣きで一生懸命に言葉を重ねたキリエに敬意を表して、味方をしてあげよう」


 そう言った王子は、ひとつに纏めている金髪を靡かせながらヒラリと窓枠を飛び越え、殺気を纏う騎士へと近づいてゆく。


「なぁ、夜霧の騎士。こういう物語はどうだろう? 誰からも愛される銀の王子は、嫉妬に狂った王女から命を狙われた。兄弟も、側近も、皆が王女を殺そうとした。けれど、心優しい銀の王子は彼女のために涙を流し、殺さないでほしいと願った。彼の恵愛の心に胸を打たれた皆は剣と怒りを収め、悪逆非道の王女は寂れた塔で心を入れ替えながらひっそりと生きていきました。めでたし、めでたし」

「──マデリン様を幽閉なさる、と?」


 問いかけるリアムの声は静かだが、若干の不服が滲んでいた。彼としては、キリエにとっての不穏分子は確実に潰しておきたいのだろう。


「悪い話ではないだろう? 君たちはコツコツと公務をこなしながら、少しずつ名声を集めようとしている。今回の寛大な対処が広まれば、その後押しになるはずなのだよ」

「……キリエ様がそれで良いと仰るのであれば、この場では剣を収めましょう」

「うん。……キリエ、どうだ? これなら納得できるか?」

「はい! ありがとうございます、ジェイデン」

「僕が礼を言われるようなことじゃない。というか、礼を言わなければならないのは、マデリンだろうな」


 ジェイデンから煽るように言われ、マデリンは悔しげに唇を噛みしめた。その力は強く、小さな唇が切れて血が滲んでいる。謝罪も謝礼も口にするつもりはないらしいマデリンを見下ろして、ジェイデンは冷ややかな言葉を紡ぐ。


「今回は、キリエに免じて許してやるというだけだ。二度目は無い。今後、少しでもおかしな動きを見せてみろ。すぐにその命は消えると思え。幽閉先で君が死んだところで、何の問題も無い。こちらには一切の非が無いように見せかけて対処出来る。いつでも、いくらでも」

「……分かってるわよ」


 マデリンの口調はふてぶてしいが、完全に戦意を喪失している。ジェイデンは、ランドルフには王国騎士団へ通告して来ることを、ジョセフには拘束用の縄を用意することを、マクシミリアンにはマデリンの監視役をリアムから代わることを手早く指示した。そして、マデリンから離れたリアムは、すぐにキリエへ駆け寄って膝をつく。


「キリエ様……」


 キリエの名を呼ぶ彼の声は、先程までの冷血さは何処へやら、弱々しく震えている。


「キリエ様、……よくぞ、御無事で。……良かった、……本当に」


 リアムはキリエの存在を確かめるように、傷を避けつつ両頬を撫でてから、そっと静かに抱きすくめてきた。

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