【2-70】先々代国王の爪痕
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「ふーむ……、なるほどな」
──翌日、午後。
約束通りサリバン邸を訪れたジェイデンは、席に着くなり貧民の生活の現状を教えてほしいとキリエに迫り、狼狽えながらもキリエが一通り語った内容を聞き終え、悩ましげに唸った。
ちなみに、食堂ではなく一回り小さな応接室に集っており、ジェイデンの強い希望とキリエの後押しもあったことから、側近たちも主と共に着席している。テーブルを挟んで対になっているソファーの片側にジェイデンとマクシミリアンが、反対側にキリエとリアムが並んで座っている状態だ。給仕係として、少し離れた場所にジョセフが立っている。
「まとまりのない話になってしまいましたが、大丈夫でしたか?」
「そんなことはないさ。ありがとう、キリエ。とてもよく分かった。王都から離れた地方から順に貧民が増え続けているらしいことは何となく耳にしてはいたが……、キリエの話を聞いて、思っていたよりもまずい状況だと理解できた」
そう言って、ジェイデンは何事か考え始めてしまう。キリエは困惑して隣のリアムを見上げ、リアムもまた戸惑いの視線を返す。そんな二人の様子を見て、苦笑交じりのマクシミリアンが己の主へと声をかけた。
「ジェイデン様。到着と同時にいきなり主題に入ってしまっては、キリエ様も驚かれてしまいます。まずは雑談を交わしながら、少しずつ話を詰めていかなくては……」
「意味のない雑談に費やしている時間が惜しいのだよ。中間討論会まで、あと数日しかない。それまでに結論を出し、ある程度の準備をしておかなければ」
「あ、あの……」
少々気が立っている様子の金髪の王子へ、キリエは遠慮がちに語りかける。すると、ジェイデンは表情を和らげ、銀髪の兄弟を見つめ返した。
「どうした、キリエ?」
「ジェイデンは、次期国王になりたいのですか?」
時間を惜しんでいる相手へ遠回しに問いかけるのはやめたほうがいいだろうと考え、キリエはあえて直球に尋ねる。あまりにも直接的な質問であったからか騎士たちは驚いたようだったが、ジェイデンは当然のように頷いた。
「うむ、次期国王になってみようと考えている。我らが父上がこの国をコンラッド任せにしていた結果、王都周辺の民の生活は守られてはいるものの、先々代国王が遺した爪痕は悪化しているように思えるからな。いや、コンラッドの采配は見事なものだし、彼は素晴らしい宰相だ。だが、コンラッドだけでは地方の隅々まで見通すことは出来まい。このままでは、郊外の国民があまりにも可哀想だ」
「先々代の国王陛下が遺された、爪痕……?」
「そうだとも。我々兄弟の祖父は、悪逆非道の限りを尽くしたそうだからな。本人にその自覚があったかは分からないが、まぁ、貧しい民にとっては悪魔のような存在だったんだろう。僕たちが生まれるよりも前に亡くなっているから、会ったことはないんだが。まぁ、暗殺されてしまっても仕方がない御仁だったんだろうな。──しかし、このままでは、またその頃の過ちを繰り返しかねない。特に、ライアンが政権を握ってしまったら、確実にそうなる」
「え、……えっ?」
「ジェイデン様。キリエ様が混乱していらっしゃいます。もう少し相手の調子に合わせてお話しされることを意識していただかなくては、対話が上手く成り立たなくなってしまいますよ」
混乱しているキリエへ助け舟を出すように、マクシミリアンがジェイデンを窘める。すると、今度はリアムがジェイデンをフォローするように言葉を足した。
「ジェイデン様、申し訳ございません。キリエ様も歴史のお勉強をされていらっしゃいますが、まだ先々代国王陛下が統治されていた頃の情勢は把握されていらっしゃいません。加えて、先々代国王陛下が暗殺された件に関しても、一般には周知されていないものですから……。ジェイデン様の御話に問題があるのではございませんが、キリエ様には少々難しく感じられたのかと」
そう、キリエは、先々代国王についてあまり知らない。しかし、それはキリエに限ったことではなく、貧しい民は皆がそうであろう。日々を生きるので精一杯であるので、前の時代の国政がどうであったかなど考えている余裕はない。そして、学校に通ったり、上位文字での書物が読めたりしなければ、そういった情報を得る機会もそう多くはない。
先々代国王の時代は貢税の取り立てが今以上に厳しかったこと、先々代国王夫婦が早くに亡くなったため当時十歳だった先代国王が即位したこと、宰相が中心となって国政を動かしていること。キリエが知っていたのは、その程度である。
「ああ、そうか。こちらの配慮が足りなかった。すまない、キリエ」
「いえ……、僕に教養が足りないだけです。ごめんなさい」
「いや、君は悪くない。そうだな……、端的に要点だけまとめてしまうと、先々代国王は一部の豊かな層が潤っていれば他の国民の生活はどうでもいいという選民思考が強く、結局は三十年ほど前に何者かの手で殺されてしまった。ちなみに、この犯人は不明のままだ。王国騎士の警備を掻い潜って王城に忍び込んだのだから、相当な手練れなんだろうが……」
ジェイデンはそこで一度口を噤んだが、気を取り直したように再び話し始めた。
「まぁ、いい。とにかく、我らがおじい様は自分さえ良ければいいという国政をして国民の生活を壊し、自分も殺された。──もし、ライアンが次期国王になったなら、同じことを繰り返す可能性が高い。僕はそれを阻止したいし、だからこそ、キリエ……君に協力してほしい」
真剣な金色の瞳が、戸惑う銀色の瞳をまっすぐに射抜いてきた。




